総合文学ウェブ情報誌 文学金魚

私達の故郷は日本語です。金魚屋プレス日本版は、日本語で書かれるあらゆる文学の方向を見極め、私達の精神の行く末を照らす光りを見出そうとするものです。 金魚屋プレス日本版はその光りのすべてを広義の文学と呼びます。

金魚屋プレス日本版代表 齋藤都

文芸5誌
No.069 群像 2014年12月号

No.069 群像 2014年12月号

     目次その他をつらつら眺めて、今さらながら純文学とは何だろう、と思った。それはあまり正確な問いではなくて、純文学の文芸誌をそれらしくみせる純文学的なるものとは何だろうか、と考えたというのが本当 […]
No.068 文學界 2014年09月号

No.068 文學界 2014年09月号

     他の文芸誌でも行われていることだが、「文學界」でも外国文学を定期的に紹介している。日本に限らず世界中のあらゆる文化が、外国から到来した未知の文化によって新たな可能性を見出してきた。ただそれに […]
No.067 文學界 2014年08月号

No.067 文學界 2014年08月号

     今月号の巻頭は西村賢太の私小説「菰を被りて夏を待つ」である。西村は二十世紀的な文脈での最後の私小説作家かもしれない。あるいは二十一世紀的な意味での最初の私小説作家になる可能性もある。この作家 […]
No.066 文藝 2014年(冬号)

No.066 文藝 2014年(冬号)

     マルグリット・デュラス生誕100年の特集が組まれている。組まれているはずなのだが、どこだ、と目次を探してしまった。そのぐらい目立たない。広告では一番に目に入るのだが、それは他の書き手が知らな […]
No.065 文學界 2014年07月号

No.065 文學界 2014年07月号

     雑誌が〝雑〟であるのは言うまでもない。文芸誌の場合小説中心だが、様々な作家が様々なジャンルの作品を寄稿している。質もまちまちだ。古本屋で二十年、三十年前の文芸誌を買って読んでみるといい。知っ […]
No.064 文藝 2014年(秋季号)

No.064 文藝 2014年(秋季号)

     亀山郁夫氏の「新カラマーゾフの兄弟」が、600枚あるという。一読して非常に奇妙な感にとらわれた。これはいったい、何なのだろう。「小説」とあるのだから、小説には違いあるまい。ではなぜ「カラマー […]
No.063 新潮 2014年08月号

No.063 新潮 2014年08月号

     ドナルド・キーン氏の連載「石川啄木」第三回。私たちの中の石川啄木のイメージがどんどん崩れ、生きている人が姿を現しつつある。では、私たちの持っていた石川啄木のイメージはどんなものだったか。 & […]
No.062 新潮 2014年07月号

No.062 新潮 2014年07月号

    ドナルド・キーン氏の連載「石川啄木」の第二回。啄木が上京したときの話から。啄木の様子がこれほどリアリティをもって迫ってくるのは、その日記の存在によるところが大きい。我々にとって啄木とは、すでに […]
No.061 群像 2014年06月号

No.061 群像 2014年06月号

     穂村弘の連載「現代短歌ノート」に「賞味期限の歌」が集められている。   わが残生それはさておきスーパーに賞味期限をたしかめをりぬ  潮田清    という案配。何を持ってき […]
No.060 すばる 2014年07月号

No.060 すばる 2014年07月号

    有吉佐和子の没後30年特集である。新たに刊行される「花ならば赤く」の抄録が掲載されている。特集には「“ 不朽 ” ということ」というサブタイトルが付いているが、確かに古びていない。今でも十分に […]
No.059 新潮 2014年06月号

No.059 新潮 2014年06月号

    フェミニズム的なものと誤解されるかも知れないが、そうではなくて、「偉人の妹」というテーマで一冊の書物をまとめたら、と思うことがある。文学者であれ、社会運動家であれ、その妹たちはたいてい、ちょっ […]
No.058 文藝 2014年(夏号)

No.058 文藝 2014年(夏号)

  「人文書入門」という特集だ。軽い内容の本も売れなくなっている今日、哲学書や思想書を誰が読むのか、とまずは考える。しかし興味・関心が細分化している以上、まったく出ないということもまた、考えにくい。人がやらない […]
No.057 新潮 2014年04月号

No.057 新潮 2014年04月号

  古川日出男の「女たち三百人の裏切りの書」という作品が新連載だ。このタイトルに惹かれて、中身を読み、つくづく今、人は何を求めて小説を手に取るのかと考えてしまった。   小説そのものはまだ第一回のこと […]
No.056 群像 2014年05月号

No.056 群像 2014年05月号

  辻原登『寂しい丘で狩をする』刊行記念として、辻原登と滝田洋二郎が対談している。なかなか濃密で、落ち着いた雰囲気の話の流れである。   滝田洋二郎は、「陰陽師」や「おくりびと」など、文芸作品の映像化 […]
No.055 すばる 2014年04月号

No.055 すばる 2014年04月号

    小林エリカ「マダム・キュリーと朝食を」には、純文学カルチャーという、芸術と文化教養とジャーナリズムが突き混ぜられたジャンルの現在のパラダイム、またジャーゴンを考えさせられる。   そ […]
No.054 群像 2014年04月号

No.054 群像 2014年04月号

  笙野頼子「未闘病記――膠原病、『混合性結合組織病』の(前編)」が掲載されている。圧力のかかった文章は、私小説とは何か、あるいは病と私小説について、あらためて考える機会を与える。   私小説は、自身 […]
No.053 文藝 2014年(春号)

No.053 文藝 2014年(春号)

  「国境なき文学団」という特集である。内容はともかく、こういうタイトルにするのはちょっとやめてもらいたいな、という感じ。もちろん「国境なき医師団」というのを踏まえてるわけなんだけれども、踏まえるったって、踏ま […]
No.052 文藝 2013年(冬号)

No.052 文藝 2013年(冬号)

  田中康夫「33年後のなんとなく、クリスタル」の連載第一回が掲載されている。手にとったからには、あの時代へのノスタルジーとともに、やはりどうしても読まざるを得ない。文藝賞の選考委員であった野間宏氏に、「社会的 […]
No.051 群像 2013年12月号

No.051 群像 2013年12月号

  「名探偵登場」というアンソロジーが組まれている。これは「13人の作家が名探偵へ捧ぐオマージュ」であって、必ずしもいわゆる探偵小説、推理小説のアンソロジーではない(ということは、読んでから気づいた。食品につい […]
No.050 すばる 2013年12月号

No.050 すばる 2013年12月号

  映画『ジ、エクストリーム、スキヤキ』で監督デビューする演劇人、前田司郎と、その同級生でもある沖田修一が対談している。「映画とか演劇とか小説とか」。   この対談タイトルは象徴的であって、小説誌すば […]
No.049 すばる 2013年09月号

No.049 すばる 2013年09月号

  巻頭の掌編に、瀬戸内寂聴の「わかれ」。本当に短いもので、男と女が電車の中で出会う。たまたま同じ駅で降り、女のスーツのスカートが切られていることに気づいた男は、彼女をかばうようにして歩いてやる。   […]
No.048 文藝 2013年(秋号)

No.048 文藝 2013年(秋号)

  創刊80周年だそうで、その特集である。まずはめでたい。創刊しては廃刊となり、という昨今のマガジンの状況で、80年も続いた雑誌というのを考えただけでも、ちょっとめまいがする。   めまいというのは脳 […]
No.047 すばる 2013年07月号

No.047 すばる 2013年07月号

  6月に長編ファンタジー『銀河鉄道の彼方に』を上梓した高橋源一郎と、昨年やはり長編ファンタジー『七夜物語』を刊行した川上弘美の対談「大切なことはすべて夜に起こる」がとてもわかりやすい。   対談がわ […]
No.046 新潮 2013年06月号

No.046 新潮 2013年06月号

  「谷崎潤一郎――映画と性器表象」が読みごたえがある。四方田犬彦氏による200枚の長篇評論だが、谷崎が日本近代文学最初の映画青年であったとし、その「映像的想像力」を解明するとしている。   文学が、 […]
No.045 群像 2013年06月号

No.045 群像 2013年06月号

  作品を含めたすべての記事の中で、最も鮮烈に印象に残り、また唯一記憶に残ったものは「私のベスト3」というコーナーの岡崎玲子による「海外で受ける治療」だった。   この「私のベスト3」という、必ずしも […]
No.044 すばる 2013年06月号

No.044 すばる 2013年06月号

  「特集 The Masterpieceー私が選ぶ不朽の名作」に、小川洋子と平松洋子の W 洋子による対談「少女時代の本を読む喜び」がある。内容的には、少女時代というより子供時代の本という感じになっているが、 […]
No.043 すばる 2013年05月号

No.043 すばる 2013年05月号

  宮沢章夫と佐々木幹郎との対談「3・11後の言葉と声」。またか、と言うか、まだかという気もしたのだが、存外に(失礼)面白く読んだ。面白いのは、宮沢章夫が演劇人だからであって、3・11という文学にはなかなか融和 […]
No.042 文學界 2013年01月号

No.042 文學界 2013年01月号

  今月号の小説作品から鹿島田真希氏の『暮れていく愛』を取り上げたい。いわゆる〝女性的エクリチュール〟の作品だからである。ただ女性的エクリチュール作品を題材に、小説における男流・女流の対立を論じたいわけではない […]
No.041 文藝 2013年(夏号)

No.041 文藝 2013年(夏号)

  舞城王太郎という作家がいることを、初めてはっきり認識した。と同時に、世の中はどうなっているのだろう、と思った。作家の評価、雑誌特集の善し悪しではない。自分の頭の中の現状に照らして、ということである。 &nb […]
No.040 文學界 2012年12月号

No.040 文學界 2012年12月号

  詩や小説は、論理では説明不可能な何事かを表現する芸術だという共通理解がある。詩は一種の直観表現である。『雨ニモ負ケズ/風ニモ負ケズ』という宮沢賢治の表現は単純だが、それは読者に一瞬のうちに現実には実現困難で […]
No.039 文學界 2012年11月号

No.039 文學界 2012年11月号

  今月号の掲載作品から佐々木中氏の『夜を吸って夜より昏い』を取り上げたい。作者の佐々木氏は哲学者で思想家である。『夜を吸って・・・』が秀作・傑作だと言う勇気は僕にはないが、現在の小説文学の、最も前衛的な試みの […]
No.038 文學界 2012年10月号

No.038 文學界 2012年10月号

  いわゆる〝前衛〟芸術には、ほとんど徒手空拳で新たな表現領域を追い求める指向と、原理的基盤を確認しながら表現を更に深化・更新させようという流れがある。アヴァンギャルドとラディカリズムと言ってもよいが、いつの時 […]
No.037 すばる 2013年04月号

No.037 すばる 2013年04月号

  女性たちの書いたものの方が読めるし、元気がよい、というようなことは、この金魚屋のブログでも述べられていたように記憶している。それはそうなのだが、ではいったいなぜなのか。   文学は今、おそらく非常 […]
No.036 群像 2013年04月号

No.036 群像 2013年04月号

  佐々木敦「新しい小説のために」と題された連載評論が始まっている。そこで論じられていることから炙り出されて来るものは、「ベリー文壇」というより、「ベリー群像」寄りである。   つまりは「新しい小説」 […]
No.035 文學界 2012年09月号

No.035 文學界 2012年09月号

  アイデンティティというものはなかなか厄介だと思う。作品に作家固有のアイデンティティがあるのはもちろんだが、文学ジャンルにも、文芸誌にもアイデンティティはある。もちろんアイデンティティが最初からあることは稀で […]
No.034 文學界 2012年08月号

No.034 文學界 2012年08月号

  8月号には奥泉光氏と堀江敏幸氏の『芥川賞新選考委員特別対談 物語ではなく、小説を』が掲載されている。編集部が対談の冒頭に置いた文章には、『いずれも大学の教壇にたち、世界文学に造形の深い芥川賞新選考委員が、堀 […]
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