総合文学ウェブ情報誌 文学金魚

私達の故郷は日本語です。金魚屋プレス日本版は、日本語で書かれるあらゆる文学の方向を見極め、私達の精神の行く末を照らす光りを見出そうとするものです。 金魚屋プレス日本版はその光りのすべてを広義の文学と呼びます。

金魚屋プレス日本版代表 齋藤都

Author Archive
No.005 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(縦書)

No.005 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(縦書)

金魚屋プレスより2017年春頃刊行予定の鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』を先行アップします。なお本書は近代文学批評『日本近代文学の言語像』三部作の中の一冊で、『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の基層』 […]
No.005 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(横書)

No.005 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(横書)

金魚屋プレスより2017年春頃刊行予定の鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』を先行アップします。なお本書は近代文学批評『日本近代文学の言語像』三部作の中の一冊で、『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の基層』 […]
No.004 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(縦書)

No.004 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(縦書)

金魚屋プレスより2017年春頃刊行予定の鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』を先行アップします。なお本書は近代文学批評『日本近代文学の言語像』三部作の中の一冊で、『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の基層』 […]
No.004 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(横書)

No.004 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(横書)

金魚屋プレスより2017年春頃刊行予定の鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』を先行アップします。なお本書は近代文学批評『日本近代文学の言語像』三部作の中の一冊で、『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の基層』 […]
No.003 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(縦書)

No.003 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(縦書)

金魚屋プレスより2017年春頃刊行予定の鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』を先行アップします。なお本書は近代文学批評『日本近代文学の言語像』三部作の中の一冊で、『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の基層』 […]
No.003 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(横書)

No.003 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(横書)

金魚屋プレスより2017年春頃刊行予定の鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』を先行アップします。なお本書は近代文学批評『日本近代文学の言語像』三部作の中の一冊で、『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の基層』 […]
No.002 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』

No.002 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』

金魚屋プレスより2017年春頃刊行予定の鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』を先行アップします。なお本書は近代文学批評『日本近代文学の言語像』三部作の中の一冊で、『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の基層』 […]
No.002 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(縦書)

No.002 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(縦書)

金魚屋プレスより2017年春頃刊行予定の鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』を先行アップします。なお本書は近代文学批評『日本近代文学の言語像』三部作の中の一冊で、『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の基層』 […]
No.011 Project Nyx 第15回公演『かもめ 或いは 寺山修司の少女論2016』

No.011 Project Nyx 第15回公演『かもめ 或いは・・・

    公演日程:10月21日(金曜日)~30日(日曜日) 場所:芝居砦・満天星 東京都中野区上高田4‐19‐6 ゴールデンマンションB2F Tel.03‐3385‐7971 JR東中野駅西口、大江戸 […]
No.001 新連載 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(縦書)

No.001 新連載 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』(縦・・・

金魚屋プレスより2017年春頃刊行予定の鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』を先行アップします。なお本書は近代文学批評『日本近代文学の言語像』三部作の中の一冊で、『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の基層』 […]
No.001 新連載 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』

No.001 新連載 鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』

金魚屋プレスより2017年春頃刊行予定の鶴山裕司著『夏目漱石論-現代文学の創出』を先行アップします。なお本書は近代文学批評『日本近代文学の言語像』三部作の中の一冊で、『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の基層』 […]
第043回 フレンチ・デルフト、イングリッシュ・デルフト(後半)

第043回 フレンチ・デルフト、イングリッシュ・デルフト(後半)

〝abondance 1789〟文字入りフレンチ・デルフト色絵皿 フランス 一七八九年(著者蔵) 口径二三・四×高さ三・四センチ(いずれも最大値)      情報伝達技術が発達していなかった十九世紀中 […]
第043回 フレンチ・デルフト、イングリッシュ・デルフト(前半)

第043回 フレンチ・デルフト、イングリッシュ・デルフト(前半)

シノワズリのイングリッシュ・デルフト染付深皿 イギリス 十八世紀中期から後半頃(著者蔵) 口径二二・二×高さ三・八センチ(いずれも最大値)      今回はオランダ以外の国々に、どうデルフト焼が伝わっ […]
No.025 シュルレアリスムの正統後継者―朝吹亮二評論集『アンドレ・ブルトンの詩的世界』(後編)

No.025 シュルレアリスムの正統後継者―朝吹亮二評論集『アンド・・・

書名:『アンドレ・ブルトンの詩的世界』 発行:慶應義塾大学法学研究会 発売:慶應義塾大学出版会株式会社 初版発行:2015年10月30日 定価:4,900円(税別)      アンドレ・ブルトンとフィ […]
No.024 シュルレアリスムの正統後継者―朝吹亮二評論集『アンドレ・ブルトンの詩的世界』(前編)

No.024 シュルレアリスムの正統後継者―朝吹亮二評論集『アンド・・・

書名:『アンドレ・ブルトンの詩的世界』 発行:慶應義塾大学法学研究会 発売:慶應義塾大学出版会株式会社 初版発行:2015年10月30日 定価:4,900円(税別)      朝吹亮二の『アンドレ・ブ […]
第042回 江戸の端午の節句幟(後半)

第042回 江戸の端午の節句幟(後半)

『椿説弓張月』絵幟 八町礫紀平治(はっちょうつぶてのきへいじ) 江戸時代 文化文政頃      滝沢馬琴の『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』を読み飛ばしたのはもうだいぶ前で(もちろん活字版)、読ん […]
第042回 江戸の端午の節句幟(前半)

第042回 江戸の端午の節句幟(前半)

『椿説弓張月』絵幟 源為朝(みなもとのためとも) 江戸時代 文化文政頃      現在では五月五日は子供の日で祝日だが、端午(たんご)の節句や菖蒲の節句とも言う。端午は旧暦五月の最初の牛の日のことで、 […]
No.022 われらは終わりの始まりの時代にいるが、時代精神は軽い―新倉俊一詩集『転生』

No.022 われらは終わりの始まりの時代にいるが、時代精神は軽い・・・

     ここしばらく新倉俊一先生の新詩集『転生』を持ち歩いて読んでいた。一千行の長篇詩なのだがB5版変形の小さな本で、総ページ数も八十二ページと薄い。この物理的な本の小ささと軽さが心地良い。 &nb […]
No.010 演出の力――『喝采 蜷川幸雄と老年俳優たち』

No.010 演出の力――『喝采 蜷川幸雄と老年俳優たち』

    NHK BS 2015年2月19日放送 2016年5月15日再放送 蜷川幸雄主宰 さいたまゴールド・シアター 第7回公演『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』(清水邦夫作・蜷川幸雄演出) パリ公演ド […]
第041回 インドネシアのワヤン(後半)

第041回 インドネシアのワヤン(後半)

     ワヤンの物語の多くは『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』を元にしている。古代インドの二大叙事詩で原典はサンスクリット語である。『ラーマーヤナ』は七編構成で、三十二音節の対句(シュローカ)が二 […]
第041回 インドネシアのワヤン(前半)

第041回 インドネシアのワヤン(前半)

     骨董は辞書的な定義では「美術的価値や希少性の高い古物」と「今では役に立たなくなった古物」の二つの意味がある。テレビの『なんでも鑑定団』などを見ていてもそれは納得できるだろう。古ぼけて小汚い軸 […]
No.026 カーペンターズと赤いスポーツカー

No.026 カーペンターズと赤いスポーツカー

     僕の通っていた小学校は木造二階建てで、もちろん冷房などなく、冬は教室の真ん中に石炭ストーブがドンと据えてあった。冬になると石炭当番といって、生徒二人が組になって、雪が降っていても学校裏の石炭 […]
第040回 御道具(後半)

第040回 御道具(後半)

     茶道は書道になぞらえて、真(しん)・行(ぎょう)・草(そう)の三つの様式に分けて語られることが多い。茶室で言えば真は書院、草は草庵である。御道具では真は東山御物に代表される唐物、草は和物で、 […]
第40回 御道具(前半)

第40回 御道具(前半)

     茶道の世界ではお茶席で使う棗や茶杓、茶碗などを「御道具」と呼ぶ。値段を言えば高価な物から安物まであるわけだが、基本はお茶を楽しむための道具という位置づけである。また現在では宗家がオーソライズ […]
No.015 【現代詩人論 番外篇】自由詩について少しだけ考えてみよう(後編)

No.015 【現代詩人論 番外篇】自由詩について少しだけ考えてみ・・・

     僕はしばらく前から詩は原理的に〝自由詩〟と定義すべきだと書いている。それはじょじょに詩人たちの共感を呼んでいると思う。しかし一部で誤解されているように、僕が主張しているのは詩を「自由詩」と呼 […]
No.014 【現代詩人論 番外篇】自由詩について少しだけ考えてみよう(前編)

No.014 【現代詩人論 番外篇】自由詩について少しだけ考えてみ・・・

     エズラ・パウンドに『詩学入門』(沢崎順之介訳)という詩の入門書がある。沢崎先生には申し訳ないのだが、”ABC of Reading” という原題のままの方がパウンドの意図が伝わるように思う。 […]
No.003 日本文学の原点-馬場あき子中世文学論(下編)

No.003 日本文学の原点-馬場あき子中世文学論(下編)

     能の中の語り舞は、こうしたある場面を再現する技法として、忠度を六弥太を演じ分け、またある部分では演じ重ねる独特の方法をもっている。そして「行き暮れて木の下蔭を宿とせば花や今宵の主ならまし」の […]
No.002 日本文学の原点-馬場あき子中世文学論(中編)

No.002 日本文学の原点-馬場あき子中世文学論(中編)

      玉の緒よ絶えなば絶えねながらへばしのぶることのよわりもぞする    この歌にみられるような、激しい「忍ぶる恋」の世界は、よく(式子)内親王の主題と作風を代表しているといえるだろう […]
No.001 日本文学の原点-馬場あき子中世文学論(上編)

No.001 日本文学の原点-馬場あき子中世文学論(上編)

     人間の生と人類の歴史には類似点がある。だからこそユダヤ、キリスト、イスラームといったセム一神教は人類の始まりと終末を描いた聖典を創出したわけだ。人類の歴史に終わりがあるかどうかは別として、そ […]
第039回 ロベール・クートラスのクリスマス・オーナメント(後編)

第039回 ロベール・クートラスのクリスマス・オーナメント(後編)

     彼が生まれたヴァレット通りに近くて、最後の夜を過ごしたSのアパートのすぐそばにあるサンテチエンヌ・デュ・モン教会を、彼はとっても好きだった。あそこには優しい聖ヴィンセンシオの肖像(フィリップ […]
第039回 ロベール・クートラスのクリスマス・オーナメント(前編)

第039回 ロベール・クートラスのクリスマス・オーナメント(前編)

     文学金魚編集人の石川良策さんから「今年もクリスマス骨董について書いてくださいませぇ」というメールが来た。石川さんは意外とイベント好きなようだ。「なぜお正月じゃなくてクリスマスなんですか?」と […]
第038回 年紀の入ったアイヌ盆(後編)

第038回 年紀の入ったアイヌ盆(後編)

子持盆 森銀之丞旧蔵とは違う作品。製作年代は不明。      意外に思われるかもしれないが、アイヌの民具類は世界中の美術館や民族博物館にまとまった量が所蔵されている。代表的なものをいくつか挙げると、ロ […]
第038回 年紀の入ったアイヌ盆(前編)

第038回 年紀の入ったアイヌ盆(前編)

     僕がアイヌに興味を持ったのは、親しくしている骨董屋さんがアイヌを始め、ウイルタ、ニブフなどの北方少数民族の民具を大量に買いつけてきたからだった(もう売ってしまったようですが)。それまで北方少 […]
第037回 渥美壺(後編)

第037回 渥美壺(後編)

     北海道を北にした通常の日本地図で見ると、愛知県にはクワガタの歯のような二つの半島がある。向かって右側が渥美半島でここで渥美焼が作られた。左側が知多半島で常滑焼の産地である。渥美、知多半島に行 […]
第037回 渥美壺(前編)

第037回 渥美壺(前編)

     人間は〝眼の記憶〟を持っていると思う。この能力は文字などを覚える記憶より鮮烈で強いものだろう。子供時代の風景や生活の一コマをいつまでも覚えていることなどが典型的だが、美術でも眼の記憶はある。 […]
No.020 詩の力を信じるということ-新倉俊一詩集『ヴィットリア・コロンナのための素描』

No.020 詩の力を信じるということ-新倉俊一詩集『ヴィットリア・・・

     ここしばらく自由詩の仕事から離れている。二十代から三十代にかけては詩のことばかり考えていた。ほとんど詩に取り憑かれた詩狂いだった。自信過剰に聞こえるかもしれないが、今なら詩作品も詩論も書こう […]
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