広間にはたくさんの人がいて
シャンパングラスに
モエ・エ・シャドンが注がれてゆく
コカ・コーラやバドワイザー
オリオンビールもそろっている
「僕の魔法の剣はどこ?」
「あたしの夕ご飯は用意されてるのかしら?」
ほんとうのことを言うと
カクテルパーティに無関心な
子どもたちだけが活き活きしている
僕にしがみついて
「元気だった?」
「まだねむくないよね」
と聞いてくれる
歌おうよ
庭に出て
大きな声で
お客たちはみんな名前を持っている
黒ぶちメガネのお医者さん
中学の数学教師
右目が歪んだ6回戦ボクサー
いつもピンクのメイドさん
化学者
なんでも図面を引いてくれる建築家
中でも一番輝いているのは今夜のホステスの女王様だ
彼女は半年後に死ぬ
誰もがそれをうらやみ
お別れの言葉のかわりに
白い頬にキスしたがる
おそろいの黒いスーツを着て
おそろいの鮮やかな黄色のネクタイを締めた男3人が
スコッチグラスを手に話している
まるで秘密結社の内緒話みたいだ
子どもたちはパーティに飽きて
まるまると太ったよたよた歩きの
スコティッシュフォールドを茂みの中まで追いかけてゆく
女王様の愛猫で彼女の人生の半分を生きている
もうすぐ30歲になる
僕は広々としたリビングのソファに座り
音を絞った大型テレビの画面を見る
子どもたちがいるのでpay TVの
ディスカバーチャンネルが写っている
「最近なにか書いているんですか?」
「いえなにも」
「あなたの作品を読みましたよ」
「そうですか すべての努力はムダなのです」
過去形でなく現在形で答える
もしくは現在進行形で
ヴィトゲンシュタインが西部劇を好んだ気持ちがよくわかる
動植物の生存競争も
ましてやゴダールやタルコフスキーの映画など見たくない
なにも考えずに「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や
「ロッキー・ホラー・ショー」をぼんやり見ていたい
どちらもタイムスリップの物語
〝僕が君にちょっとしたスリルを与えてあげよう〟
せむし男が耳元で囁く
「アルマニヤックはありますか?」
「持ってきましょう」
職業かけ出しの俳優で
今はウエイターの好青年がくったくなく笑う
spirt は売り切れですなどとは言わない
僕は自分には欠けている spirit を飲み干す
子どもたちが戻ってくる
僕と並んでソファに座り
土星の秘密についてのプログラムを目を輝かせて見る
「僕は世界の果てまで冒険するんだ!」
「あたしも行く!」
「うん素敵だね 行っておいで」
笑顔で送り出してやる
彼らの旅は長くて短い
もうねむそうに目をこすりはじめている
誰もが自分の職業を生きている
現在進行形の姿と声と心で
広間の真ん中に
ワインレッドのイブニングドレスを着た燃える木のような女王様が立っている
死につつある女王様が微笑む
ねむってしまった子どもたちに毛布をかけてやり
僕は中庭で背広の男たちと話す
「なにをしておられる方ですか?」
「なにも なにもなしとげたことがないのです」
顔はおたがい見知っていて
10年も20年も挨拶を交わしているのに
僕らはお互いのことを何も知らない
友人は一人もいない
僕らはいつだって初対面の他者だ
ははは、甲高い女王様の笑い声が響く
彼女は生まれ変わったように見える
はじめからやり直している少女のように輝いている
なにか忘れていることがある
なにか
僕は男たちと天気の話をする
今夜空に黒い雲が流れていて
明日もそうだろう
曇り空でしょう
「でも雨は降らない 決して」
僕は初対面の男たちにそう告げた
縦書きでもお読みいただけます。左のボタンをクリックしてファイルを表示させてください。
■ 金魚屋 BOOK SHOP ■
■ 金魚屋 BOOK Café ■