金と銀
金のお花銀のお花
茎や葉脈
花弁の形まで細い針金で作って
茎にはデコボコの金紙銀紙が巻いてある
花や葉には艶やかな金紙銀紙
茎と葉には薄い緑色
花と葉にはうっすらと赤色の絵の具
でも何度も使っているうちに汚れてしまう
造化だって萎れる
ゴミ捨て場の片隅に積まれて山になっている
あまりに美しいので立ち止まって見てしまう
捨てられているのだけど
美しいものは盗んではいけない
学校帰りに見ているといつも
黒いスーツの男が花を捨てにくる
「もらっていいですか」
スーツの男は一瞬ためらい
「好きなだけどうぞ」と背を向けた
胸おどらせて花を選び
大きな花束を持って家に帰ると母親が青ざめた
と瓜南直子は書いている
葬儀用の造化だったから
彼女の絵をはじめて見たのはいつだったろう
油絵とばかり思っていたが
厚塗りの日本画だった
寂しそうな女の子と
大きなネコともバクともつかない動物を好んで描いた
個展が開かれればお目にかかれると思っていたが
五十六歲の若さで亡くなってしまった
彼女の死後絵を一枚買った
細い木の枝の上でネコが眠っている
絵を見るたびに「落ちるぞ」と声をかける
そのうち回顧展が開かれて
多くの人が詰めかけるだろう
言葉の花束で飾り立てられるだろう
喜んでくれる人はもういないけど
僕は日々批判されるための仕事をしている
追い付かれ追い越され
乗り越えられるための仕事をしている
文学とはそういうもの
彼女の絵が好きになったのは
その名前のせいかもしれない
カナン 乳と蜜の流れる所
約束の女の名前か
夢を見た
生きている間すら一度も見たことがないのだから
もう見ることはないだろうと思っていた
母親は仏壇の前に座り
「生き返ったんだけど いつまた死ぬかわからない」
そう言って大騒ぎしていた
親戚の人が家に集まってきた
なぜか女の人ばかりだった
その中に十年前に亡くなった伯母がいて
お祝いにお寿司を取ろうと電話した
昔の重い黒電話だった
「あらつながらない わたしが死んでいる間に
潰れちゃったのかしら」
驚いた顔で言った
母親は台所で料理を作り始めた
身体が生きていた時の三倍は大きい
僕は死者の身体は大きくなることを知った
料理を作り終えると足が悪い母親を椅子に座らせた
はずみで母親の足を踏んでしまった
「痛い痛い」と大騒ぎする
「死んでても痛いのかね」僕は笑った
ずっと笑い続けていた
母親の一周忌法要を終えた翌日
ライトレールに乗って町に買い物に行った
途中の越中中島駅で降りた
中島閘門から富岩運河沿いの小径を歩いた
夢は心を整理してくれる
近いはずなのに
うんと遠くまで来てしまった
夕暮の光で煌めく運河に
大きな翼の白い鳥が飛び込み
望んでいたものを
魚を嘴にくわえて飛び去っていった
ポケットの中にはアルミの錠剤と
銀紙で包まれた干からびたチョコレート
父親の古いコートを借りて出かけたから
子どもの頃この運河に
模型の船を浮かべたことがある
海賊船はいつだって沈没する
まだ月が出るには早いはずなのに
空には淡い月が見える
よけいなことは話さなかった
言わなければならないことも話さなかった
でもそれでよかった
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