苦しすぎて破滅することがあるように
楽しくて楽しくて破滅することだってある
父親が遺したライカは気むずかしくて
Kodak 4000 TXでしか街の色が出やしない
僕が撮るのはチャイナタウンで
右足用の靴だけ山積みにした中国人の店先
潰れたバドワイザーの缶
偶然ネコの顔の染みができたアスファルト
そんな街撮り以外は君の写真ばかりだけど
シャッターを押し続けると君は歌い出す
〝あなたといると時間が消えるの
過去も未来もなくなって
悩みなんて
迷いなんてひとかけらもないわ
今がほんとうに色鮮やかで
六月の夜明けのように澄んでいて
あなたがよくやるように
両手で作る四角いフレームの中に
大きな大きな世界が納まってしまう
みんなわたしたちは
若いから楽しいんだろうって言う
子どもがじゃれるように愛し合ってるんだろうって
でもそれは違う
わたしは一度も子どもだったことがない
あなたもそうね
わたしたちは孤独で寂しいから
いつまでも愛し合えるの〟
だから天高く昇らなきゃならないって言っただろ
僕らは非常階段を探す
鉄製で錆びついていてとても古い
ひたすら上へ上へ
屋上から海が見える
幻のように
夢のように街が光る
あまりにも高い場所にいると
まわりには空しかない屋上にいると
この世界に二人しかいないようだろ
ここがどこだかわからなくなるだろ
喧噪はかすかにしか聞こえない
遙か下の道路で車のヘッドライトが川になる
豪華客船が摩天楼のように光って港に停泊している
幽霊船のような
古い時代の捕鯨船のような船が
黒いシルエットと白い航跡を見せて港を出てゆく
朝になればピンク色の空に白いカモメが飛び交う
吹きさらしの舞台のような屋上で
僕は君にプロポーズした
シャッターを切るかわりに
ひざまずいて右手を差し伸べて
結婚しよう
それとも今すぐここから飛び降りようか
地上には色褪せた人生が待っている
僕らは東南アジアを旅した
バックパックを背負って
バンコクからホーチミン
シンガポールからジャカルタへ
どの国も首都は東京に似ている
見慣れないビルが立ち並ぶ蒸し暑い東京
ねっとりとした熱い空気に
きつい香辛料の匂いが入り混じる
僕らは小さな屋台が立ち並ぶ市場を歩き回り
カラフルな安物の雑貨を売る路地を彷徨った
でもすべてに飽き飽きしてる僕らがたどり着くのは
いつだってマクドナルドやスタバ
客席には世界中からやってきた
僕らと同じ顔をした人たちが
ポツリポツリと座っている
車を停めて森の中に入ってゆく
決して迷子になることのない森
子どもの頃から慣れ親しんだ故郷の森
足元に拡がる赤や黄色の枯葉
まだ緑色の葉もある
パズルのピースが合わない
こんなに色と形があるのに
アルバムの中で
そこだけ色褪せて欠けた写真の跡のように
ここではなにも起こらない
木々の間から青空が見え
小鳥がさえずる
斜めに空を横切る
僕らは動き続ける者
過ぎゆく者たち
銀の月 細い月
池の上に風が吹き白い波となる
あまりにも遠くて高い
あまりにも鮮やかで明るい
もうすぐ君の家に帰るよ
雨の日は傘をささずに歩くのが好きで
雨がやめば優しく僕と肩をぶつけあって
水溜まりを歩くのが好きな君の元に
誰もが言う
僕らは幸せなカップルだって
いつもとても幸せそうだって
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