鶴山裕司 連載エッセイ『言葉と骨董』『ジャポニズムについて』(第76回)をアップしましたぁ。今、イスラエル―パレスチナ紛争が危機的状況ですが、鶴山さんは中東について詩を書いた数少ない詩人です。もしかすると日本人で唯一かな。詩集『国書』に収録されています。『国書』は『東方』『西方』『中東』『極東』『新大陸』の五章に五篇ずつ詩が収録されている世界視線の詩集です。
新月と共に新たな時が始まる土地を行く マツカからマ
デイーナへの預言者の聖遷を暦の始まりとし この世で
ただ一つの神の啓示の書である聖典に帰依する人々の土
地を行く イスラームは世界を覆う共同体であり 一つ
の言語 一つの民族が国境を画することはない だが今
は様々な形状に分断された神の領土 飛行機の窓からイ
ンドネシアの密林が見える 太平洋とインド洋に挟まれ
た亜熱帯の島国 「どこかで断ち切られたのです 精神的
全体性が失われたのです わたしたちはそれを取り戻さ
なければなりません」 首都の高層マンシヨンの一室で
流暢な英語を喋りインドネシア語で書く作家はそう言つ
た ジヤカルタの旧名はパタヴイア 三百年に渡るオラ
ンダ人の支配は一九四二年の日本軍の占領によつて終わ
り 「勝利の都市」という古いサンスクリツト語の名が冠
せられた 「マジヨリテイはイスラームです でも誰もが
こう言うでしよう 私は確かにムスリムです だがしか
しと」 この国にはアジアのどの国でも見られる精霊信仰
があり 仏教とヒンデイ教の古層があり 十二世紀にイ
スラームが 大航海時代にはキリスト教が到来した バ
リの外国人用ホテルの中庭では毎夜影絵芝居が上演され
ている ヒンデイの叙事詩『ラーマヤーナ』の哀切な調
べに合わせて 紙や木で作られたワヤン人形が光と影の
物語を紡ぐ 「どう行動すべきだつたのでしようか」「な
にが正義だつたのでしよう」 叙事詩は問いかけ答えは永
遠に示されない その意味を知つているのはサービスの
ためにテーブルの間を走り回る 現地の従業員たちだけ
だ 「イスラームにとつて不正は悪です 汚職は恥ずべき
です だがやがて現れる真にイスラーム的な指導者が
わたしたちの矛盾と混乱を解消し この国を浄化するで
しよう」 スカルノは日本軍に協力することで独立を勝ち
取り 強大な軍が擁立したスハルトの時代を経て この
国は穏やかな民主政体に移行した かつてないほどの繁
栄が宗教と民族の対立を包み込んでいる 夜空には艶や
かな女の眉のような 青白の剣のような月が輝いている。
鶴山裕司詩集『国書』『中東』篇 詩篇「中東」第一連
『国書』『中東』篇の表題作の第一連です。作中主体はインドネシアのジャカルタからシーア派のイラン、パキスタンのイスラマバード、そしてエルサレムへと旅する四連構成になっています。『国書』が出た時はずいぶん難しい詩だなと思いましたが今読むとそんなことはないですね。今現在盛んに書かれている現代詩モドキの難解詩に比べるともの凄く簡単です。
ただ今の現代詩モドキの難解詩は、ハッキリと〝もう何も書くことがない〟ので難解になっています。空虚な詩であることがバレないよういたずらに難解にしている。読んでも意味がわからずイメージも浮かばないのです。しかし忙しい現代人はそんな詩人たちの暇つぶしに付き合ってはくれるほど親切ではありません。
鶴山さんの詩が単純に見えるのは彼には〝書くことがある〟からです。難解にする必要がない。『聖遠耳』や『おこりんぼうの王様』もそうですが、鶴山さんのような単純でわかりやすい詩の方が前衛だということ。しかしとっくに役割を終えた現代詩が自由詩だと思い込んでいる限りその前衛性は理解できないでしょうね。皮肉な時代になりました。
■鶴山裕司 連載エッセイ『言葉と骨董』『ジャポニズムについて(前編)』(第76回)■
■鶴山裕司 連載エッセイ『言葉と骨董』『ジャポニズムについて(後編)』(第76回)■
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