大篠夏彦さんの大衆文芸誌時評、松永K三蔵「カメオ」(群像 2021年07月号)、藤野可織「ねむらないひめたち」(新潮 2021年07月号)をアップしましたぁ。これも久しぶりの純文学文芸誌時評です。
小説純文学誌は文學界、新潮、群像、すばる、文藝の〝文芸5誌〟が代表です。小説幻冬や三田文學なども加えてもいいじゃないかと思われるかもしれませんが、それはちょっとムリでしょうね。日本の小説業界にはたくさんの不文律があります。たまに犯罪を犯した人が捕まったりした時に「自称小説家」と報道されることがありますね。日本では純文学では文學界、新潮、群像、すばる、文藝の5誌で新人賞を受賞した人しか小説家として認めてもらえないという不文律があります(大衆文学も同じで有名出版社の文芸誌の新人賞を受賞していなければ基本小説家として認められない)。また稀に例外がありますが、芥川賞・直木賞という日本で一番有名な新人賞は、文芸5誌や商業大衆小説誌に書いている、あるいはその版元から本が出ていることが受賞前提の不文律になります。もちろん芥川賞・直木賞は財団運営ですが実質的に文學界(純文学誌)、オール讀物(大衆小説誌)を刊行している文藝春秋社の独占コンテンツです。この2つの有名賞を受賞したいなら、文學界かオール讀物で新人賞を受賞して文藝春秋社から本を出してもらうまで頑張るのが一番の近道です。
上記は文学業界では常識です。ではなぜ熱心な文学青年・少女ですらこの常識を知らない人が多いのかといえば、すべて〝不文律〟だからです。日本では純文学と大衆文学の定義ですら一度も為されたことがありませんし、芥川・直木両賞の授与基準(財団のHPに行けば読めます)も極めて曖昧で玉虫色です。しかし現実には文學界中心の私小説的心理小説に芥川賞が授与されることが多い。直木賞は流行作家の新人賞とはいえ、すでに足場を固めている作家が受賞することが多いので功労賞的意味合いが強いですが、弱小出版社から本を出してデビューした流行作家の引き抜きのための賞という側面もそこはかとなくあります。
で、石川、こういった〝不文律的システム〟が日本の文学界にあることをちっとも不思議に思いません。むしろ当然だと考えています。どの出版社も営利企業ですから、自社の利益を最優先するのは当たり前のことです。特に芥川・直木賞のように、日本人の多くが国家とか国民の総意で賞が授与されているんじゃないかと誤解している賞はそうですね。受賞しただけで必ず一定部数売れますから。自社作家優先になるのは当たり前。自分に置き換えれば当然そうなりますよね。
文学青年・少女は作品さえよければ評価してもらえると思っておられるでしょうが、それは文学業界の現実の一部に過ぎません。はっきり言えば、作品がよければ高い評価が得られて有名賞をもらえるほど世の中簡単ではない。芸能界での事務所の強さとか、映画界での上映館を押さえているディストリビュータの力とかが作品評価に大きく影響するのと同じです。特に小説は受動的な映像メディアと違って読者の能動的な〝読むという労働〟を必要とします。300ページくらいの本を読めば、多くの善良な読者は〝難しかったけどそれなりに為になった〟と思ってくれます。本音を問いただせば〝くっそつまんなくてもう何を読んだか忘れちゃったよ〟でもそう思ってくれる。つまり〝素晴らしい純文学/とっても面白い物語〟といった版元の大規模プロモーションで売れたり売れなかったりすることも多い。
石川は不文律だらけの文学業界は、そろそろ性根を入れて自らが関わるジャンルの定義をするべきだと考えています。それをやらなければなあなあのまま、今の文学の衰退がさらに衰退方向に進んでゆくだろうと思います。また純な志を持つ文学青年・少女にも、夢ばかり見ていないで現実の文学業界の実態を知り、それを直視していただきたいと思います。石川は何度も言っていますが、手当たり次第に文芸誌の新人賞に応募しても受賞できる可能性は低い。石川が見ていても、各商業文芸誌で新人賞を受賞した新人作家は、それなりにその雑誌固有の好みを把握して受賞しやすい作品を書いています。ですから1回2回、3回5回新人賞に落選しても落ち込むことはない。経験を積んで傾向と対策を考えることです。それをやらなければ10回応募しても落選する可能性が高い。
で、なぜ文学金魚で純文学小説誌、大衆小説誌の時評をずっと掲載しているのかと言えば、小説文学業界全体を相対化してより良きものに変えるためです。それができるのは文学金魚のように既存のしがらみのないメディアだけです。もちろん現実はそう簡単には変わらない。だから個々の作家は今現在目の前にハードルがあって、それを超えなきゃ認めてあげないよという現実制度に近い不文律ハードルがあるなら、是が非でもそれを超えなきゃならないです。ただそれを超えるのが目的となってしまうと何も変わらない。超えるだけで力尽きる。まあハッキリ言えば、各文芸誌の傾向と対策を練って新人賞を受賞した作家の多くが今まで通りの文学〝不文律システム〟を翼賛する側に回ってしまう。そうではなく、ハードルを越えてなおかつ現状を変えるくらいの意気込みと力のある作家に登場してもらいたいのです。それにはまず現実を知る必要があります。もちろん文学金魚は金魚で現状を変える努力をします。現状の文学界が制度疲弊を起こしているのは事実。なんとしても息苦しい不文律だらけの文学界に風穴を開けたい。作家の皆様にもどうせやるなら高い志を持って文学に取り組んでいただきたいです。
■ 大篠夏彦 純文学文芸誌時評『文芸5誌』 松永K三蔵「カメオ」(群像 2021年07月号) ■
■ 大篠夏彦 純文学文芸誌時評『文芸5誌』 藤野可織「ねむらないひめたち」(新潮 2021年07月号) ■
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