遠藤徹さんの連載小説『物語健康法(入門編)』(第09回)をアップしましたぁ。『物語健康法(入門編)』は小説の力、物語の力というものを考える上でとても重要な作品です。今回は主人公の真田寿福の敵役、海原泰山が登場します。真田も海原も芥山賞を受賞した作家ですが、その後の道は大きく異なります。
海原は文壇の有名賞を総なめにして文壇に君臨します。政財界との交流も深め文壇を超えた社会的名士になります。元々作風が異なり、特に海原の方が真田をライバル視というか敵視していたのですが、真田が「物語健康法」を掲げて社会的ブームになったことからそれは決定的になります。海原は『暗唱と賛美の宴』というセミナーを開いて、物語を作り出すことで健康になれると提唱した真田に対し、優れた文学(特に自分の作品)を朗読・暗唱することで知的にも健康にもなれると主張したのです。
「 わたしはここに強く宣言するものであります。屑をひねり出す暇があるなら、一流を読め、一流を暗唱せよ、と。優れたものを認め、それにひれ伏し、それを我が物としていく。その積み重ねの果てにこそ、もしかしたら真の創発は訪れるかも知れないのです。くだらないプライドは捨てよ、くだらない自我は捨てよ。そして、一流を受け入れよ。それこそが心を豊かにする方法、さらにどこぞの馬の骨の戯れ言に乗っかるなら、それこそが健康の秘訣だということになりましょうか。さあ、それではこれより、朗唱師が登場します。彼の朗々たる声に従ってテキストを声に出して読みましょう。そして、その完璧なる構成、無駄のない文体、心地よい音韻、落ち着いたリズムを味わい、そして自らの体に、そして心に刻み込んでください」
(遠藤徹『物語健康法(入門編)』)
すべての創作は過去と現在のいわば情報の網の目の結節点であるという考え方は、ポスト・モダニズム思想が一般化して以降、ごく常識的な思想になりました。それに即せば海原泰山の主張はあながち間違いではない。だから遠藤さんは真田の敵役に海原を設定し、朗読・暗唱、つまりは引用を是とする主張を持たせているわけです。
ただ新たな創作が引用の織物だとしても、そこから今までになかった新しい表現や思想が生まれてくるのも確かです。情報の織物=引用が知のベースだとしても、それだけでは不十分なのです。しかし現代では創作者の特権的知性、感受性というものは、もはや底が割れています。そんなものは存在しない。多くの場合、情報の取捨選択の的確さが鋭い知性や感受性とみなされているだけです。
ではポスト・モダン以降の世界、つまりは情報化社会でどうやって新たな創作を行えばいいのか。物語の根源的な力を信じるというのはその一つのあり方です。『物語健康法(入門編)』は文字通り「入門編」ですが、そのヒントを与えてくれる小説でもあります。
■ 遠藤徹 連載小説『物語健康法(入門編)』(第09回)縦書版 ■
■ 遠藤徹 連載小説『物語健康法(入門編)』(第09回)横書版 ■
■ 金魚屋 BOOK Café ■
■ 金魚屋 BOOK SHOP ■
■ 第9回 金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項 ■
第9回 金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項です。詳細は以下のイラストをクリックしてご確認ください。
■ 金魚屋の本 ■