大野ロベルトさんの連載エセー『オルフェの鏡-翻訳と反訳のあいだ』『No.008 土地の言葉』をアップしましたぁ。言葉と土地の関係について書いておられます。地名はもちろん言葉ですが、実際の風景の印象などが言葉となって重層し、地名を聞く(読む)だけで人の心に様々な想念を喚起することがあります。大野さんは『ここでの土地は、慣れ親しんだ土地ではなく・・・そこでは未知の言語が話されていることが想定される。そうでなくとも、未知の土地とは、未知の言語なのだ』と書いておられます。
もちろんイメージ(言語)化された土地は、実際に訪れた人を幻滅させる方向に作用することもあります。ただ自分の国や故郷となると幻滅では済まされない。重層化するイメージ言語の根に辿り着こうとする探求になることもある。そういう作家に永井荷風がいます。大野さんは『東京の土地とその名の仕組みを「悪風」と見ているのはむしろ荷風本人であろう。荷風が懐から取り出した古地図を片手に隘路や坂道や土手を歩けば歩くほど、東京はその個性を深めてゆく。それなのに不思議なことに、東京は同時に都市として相対化され、人工楽園としての素顔をさらしはじめるのである』と批評しておられます。
荷風さんは風俗小説を得意とした作家ですが、今では純文学作家中の純文学作家の一人と認知されています。その理由は彼が俗悪な現実を描写しながら、現実を超えたイデアのようなものを見つめていたからでせうね。文学金魚でインタビューさせていただいた写真家の荒木経惟さんは荷風好きで、荷風の雅号・断腸亭をもじって包茎亭を名乗っておられます。俗を突き詰めた先にイデアを見ておられるところ、荷風山人と同じかもしれませぬぅ。
■ 大野ロベルト 連載エセー 『オルフェの鏡-翻訳と反訳のあいだ』『No.008 土地の言葉』 ■