鶴山裕司さんの連載エセー『続続・言葉と骨董』『第028回 フィリピンのサント(後編)』をアップしましたぁ。フィリピンのサントは十九世紀の作品が多いようですが、それよりも古いヨーロッパの聖像を象ったものがけっこうあるやうです。こりは面白いなぁ。文化って、それが波及した周辺地域で古い形が残存する傾向があります。ヨーロッパでは東ローマのビザンチン様式が東欧に残りました。また日本には、中国や韓国ではとっくに失われた文化や物が残っています。さらにアイヌがそうです。アイヌの刀って、明治頃になるまで平安・鎌倉刀の形を写しています。あ、こりは鶴山さんからの受け売りです(爆)。
鶴山さんは、フィリピンが辿った苦難の歴史をレジュメしておられます。スペインの植民地になり、実質的なアメリカ植民地になり、日本に占拠され、再びアメリカの統治を経て独立したわけです。んでスペイン占領前のフィリピンの歴史はよくわかっていない。フィリピンの歴史はスペインと共に始まるわけです。欧米列強の植民地になるまで統一国家が存在しなかった地域はたくさんありますが、植民地化以前の独自文化がはっきりしない国は少ない。そこにフィリピンが文化的アイデンティティを立てる難しさがあると鶴山さんは書いておられます。ただフィリピン独自の文化が存在しないわけではない。
『どの民族・国家においても、文化は細かく分析してゆけば継ぎ接ぎだらけである。フィリピンの場合、それがあまりにもはっきりし過ぎているのが問題になる。しかし新たな文化を次々に吸収し続けたフィリピン美術を総体的に捉えれば、そこにフィリピン独自の文化基盤を見出せるはずである。サントはそのための重要な手がかりである。虚心坦懐に見つめれば、非西洋圏のキリスト教美術の、特に立像では、フィリピンサントの造形は驚くほど優れている』と鶴山さんは書いておられます。
確かにそうですね。鶴山さんが写真掲載しておられるフィリピンのサントはとても面白く、また美しい。鶴山さんは『旧宗主国がかつての植民地に対して漠然としたものであれ差別意識を抱くのは世界中で見られる現象だが、それをはねのける力は文化ではないかと思う。政治・経済力があまりなくても、独自の文化を持つ国は尊重され敬愛される』とも書いておられます。サントは優れたフィリピン文化の象徴になり得ると石川も思いますぅ。
■ 鶴山裕司 連載エセー『続続・言葉と骨董』『第028回 フィリピンのサント(後編)』 ■