山本俊則さんの美術展時評『No.033 医は仁術展』をアップしましたぁ。国立科学博物館で開催された、日本の医療史を概観する展覧会です。『医は仁術なり』という考え方は儒教からもたらされましたが、古来、医者のありうべき心構えとして重視されてきました。江戸の蘭医たちは、中国古代の神農だけでなく、ギリシャのヒポクラテスも医聖とみなしていたやうです。それにしても山本さんの守備範囲は広いなぁ。美術に関しては洋の東西を問わず、また時代が新しいか古いか関係なく批評をお書きになることができますね。
んで山本さんは『医は仁術』展を取り上げる意味について、『最近になって江戸の鎖国は本当に鎖国・・・だったのかという議論が盛んになっている。ヨーロッパのように地続きで、人と物の交流が盛んだったエリアと比較すれば江戸は鎖国時代だったと言えるだろう。しかし外来文化を完全に拒絶していたわけではない。・・・ただ欧米文化移入の痕跡を詳細に辿れる文書資料は少ない。ほぼ唯一の例外は医学を中心とした蘭学の受容である。・・・科学博物館が所蔵する膨大な江戸の医学資料は、江戸の知識人たちがいかに貪欲かつ正確に西洋文化を受容しようとしていたのかを示している。・・・それらは今日に直結する日本人の知の軌跡そのものなのである』と書いておられます。
確かにその通りですね。山本さんのような思考方法を採れば、古くさく現代とはいっけん関係のないような事柄が、新たな側面を見せて迫ってくるところがあります。それは実は近過去の美術などについても言えることであります。最近山本さんはポップアート展を取り上げておられましたが、ポップアーチストたちは20世紀初頭のアートの影響を受け、それを乗り越えようとしたわけです。歴史はつながっているのであり、現代作品の影響関係を辿れば驚くほど古い文化的基層にまで辿り着くことがしばしばあります。
山本さんはまた、『儒学と蘭学は守旧派と革新派として明確に対立していたわけではなく、むしろ儒学を基盤に幕末知識人の一大ネットワークを形成していたのである。蘭学の受容を中心とした江戸の医学を知ることは、明治維新につながる幕末の知を理解することにつながる。明治維新の勤王派(討幕派)と佐幕派の闘いにおいても、〝仁〟の精神が強く働いたことは言うまでもない』と批評しておられます。美術批評は専門用語の羅列になりがちですが、山本さんタイプの批評を読む方が美術作品の本質を理解しやすいのではなひかと思います。