山際恭子さんのTVドラマ批評『No.053 おやじの背中』をアップしましたぁ。先日インタビュー前半をアップさせていただいた山田太一さん脚本の最新ドラマの批評です。山際さんが書いておられるように、『おやじの背中』は全10話放送されますが、毎回脚本と俳優が違います。山田さんが手がけられたのは第7話の『よろしくな。息子』で、渡辺謙、東出昌大、余貴美子、笹野高史、柴田理恵さんらが出演されました。一時間ドラマ(正味45分程度)なので、山際さんが書いておられるように、『父親というものをどう捉えているか、という単純な命題において各々の理念や資質が端的に表れるという面』があります。
あらすじですが、頑固な靴職人の男(渡辺謙さん)がキャリアウーマンの女性(余貴美子さん)とお見合いをして、気に入って結婚を申し込むが断られてしまう。諦め切れない男は女性には息子(東出昌大さん)がいて、コンビニでバイトしていると聞いたので、こっそり息子の様子を見に行く。そこでたまたま客の女(柴田理恵さん)が強盗に入り、息子はそれを取り押さえた上に、おおごとにしないでその場をおさめてしまう。男は息子に惚れ込んで、靴職人の後継者にしたい、やっぱり女性とも結婚したいと猛アプローチをかける。んで基本的にはすべてうまくいってしまふという、ハピーエンド・ドラマであります。
山際さんはこのドラマの展開について、『父と息子とか母親の再婚とか、パターン化された図式に則って心情は生まれない。あくまで個々の事情によって、複雑だろうと単純だろうと心情は生まれる。それが一貫した山田太一ドラマの理念であった。ここでは昨日まで見知らぬ同士が父子になるとき、相手に対する客観的な〝評価〟によって関係が始まり、技術の伝承によって関係が深まる。なまじっか長年、ただ顔を突き合わせて食卓を囲んでいるよりも、仕事を通して相手を見た方がよほど信頼がおける、ということもある。それは山田太一が常に描こうとする、形にとらわれない真実のあり様である』と批評しておられます。
確かにそうだと思います。不肖・石川は、正直に言えば見るともなしに、子供の頃からテレビで山田さん脚本のドラマを何本も見ています。山田さんのドラマでは抽象的観念では物語が大きく動かないですね。地に足がついた、あるいは社会に深く根を下ろした人が、なにかのきっかけで自らの足場を揺さぶられた時に事件が起こり、物語が動く。ある種〝実直な職人〟と言えるような人が動揺し、それまでの考え方や行動を少しだけ変えるから実にリアリティのあるドラマになるわけです。
『よろしくな。息子』もハピーエンドがなぜ起こるのかという伏線の張り方に、山田さんの人間に対する信頼のやうなものが表現されていると思います。山際さんが『山田太一ドラマのセリフは独白だと思う。登場人物たちは自身の心情を精緻に、正確に語り尽くす。本当の人間関係は独白と独白との接点から生まれる。それは微かな、そして貴重な信じられる瞬間の構築である』と書いておられる通りです。ドラマでは痴情、殺人、異常性愛などの〝飛び道具〟を織り込んだ方が簡単に視聴者を惹き付けることができます。それをほとんど排除しながら第一線で活躍し続けている山田さんの力量は尋常ではないと思うのでありますぅ。
■ 山際恭子 TVドラマ批評 『No.053 おやじの背中』 ■