ラモーナ・ツァラヌさんの『演劇金魚』『No.020 人類の心停止状態に対する電気ショック―杉本博司による能公演『Noh Climax』』をアップしましたぁ。ちょっと前ですが2018年の公演です。杉本博司さんがプロデューサーで、氏のコレクションの中から貴重な能面も提供なさいました。ラモーナさんは父尉の面は鎌倉時代のものだったと書いておられますから、すんごい面が登場したものです。時代が下るにつれ能面の保存状態が悪くなるのは当たり前で、古くてもたいていは江戸時代のものが使われます。鎌倉時代の面というのは尋常ではないですね。
で、『Noh Climax』のタイトル通り、舞台では『翁』『屋島』『善知鳥』『羽衣』『猩々』のクライマックスが次々に上演されました。現代能はけっこう長く、最低でも1時間です。平均的には1時間半弱ってところかもしれません。それを切り詰めて最後のシーンだけを次々に上演したわけです。意欲的な舞台ですが、ラモーナさんは「この公演をきっかけに能の独特な時間の流れについて考えさせられた」と批評しておられます。能は世阿弥時代から「序破急」の構成を持っていますが、「急」だけを演じるとどうなるか、ということですね。
現代的な時間の切り詰め方と能楽本来の時間の流れについては、ラモーナさんの批評本文を読んでいただければと思います。ただほとんどの日本人にとって、能楽は貴重な伝統芸能ではありますがたいてい無縁です。見たことがないのが普通です。でも年を取ってくると、なんとなく能楽の良さ、素晴らしさがわかる人が増えてくる。不思議なことですが、実際そうなのです。
もちろん能に無縁なまま人生を終えることもできます。ただ大ブームを引き起こさないにせよ、能楽が細々と上演され、それを熱心に支持する観客がいることはその原理的な強さを示唆しています。能は日本文化の根幹に触れる何かを持っているのですね。
■ ラモーナ・ツァラヌ『演劇金魚』『No.020 人類の心停止状態に対する電気ショック―杉本博司による能公演『Noh Climax』』 ■
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