『りょんさんのときどき集中連載』『世相をわらう3―平等感』をアップしましたぁ。りょんさんは「なんで世の中こんなに差別についてナーバスになり始めたんだろうか」と書いておられますが、まーちょっと違和感を覚えるほどいろんな問題が俎上に上がっていますね。政治・社会的問題ならそりゃ平等の方がいいわけですが、日常生活の隅々にまで厳密に適用すると、なんか息苦しくなったりして。
これもりょんさんが書いておられますが、SNS の影響は大きいですね。SNS ではいろんな主張が為されますが、マジョリティよりマイノリティの主張の方が目新しく話題性があったりします。政権の支持率がけっこう高くても、反対派の声の方がニュースになりやすいのに似てるかな。
んで政治・社会問題として問題が湧き上がれば問題は比較的単純なのですが、日常生活や人間生活の微妙な部分に触れてくると途端に難しくなります。こんな言い方をするとちょいと誤解を招くかもしれませんが、平等という名の下に「自分は1ミリも傷つきたくない」という主張が紛れ込んでくるんですね。そうするとあれも差別、これも差別になりかねない。だけど360度強い人間はいないわけで、みんな弱点を抱えている。無意識か意図的かは別として、それを衝かれるのはまったく意味のない単に理不尽なことなのかどうか。人間の世界、一筋縄ではいかない。人は傷つくことで強なり、賢くなって成長していく部分もあると思うのですがねぇ。
りょんさんは「大事なのは平等そのものより〈平等感〉みたいなものかなぁ」と書いておられますが、ゴリゴリに平等を追い求めて、いわゆるコモンセンスを見失わないようにしたいです。もちろん、くっきり白黒つけられる政治・社会的問題で平等が保証されれば生活面での従来のコモンセンス的平等も変わるわけで、今はその変容期だと思います。
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