山本俊則さんの美術展時評『No.072 『世界に挑んだ7年 小野田直武と秋田蘭画』展(後編)』をアップしましたぁ。サントリー美術館さんで開催された江戸後期の秋田蘭画展です。蘭学はオランダ経由でヨーロッパの学問・芸術を受容しようとした江戸後期の文化動向です。最近では日本史の学者さんたちによって、江戸時代は鎖国ではなかったといふ議論が盛んですが、それについて山本さんは書いておられます。

 

 最近では江戸時代は鎖国ではなかったという議論が盛んだが、それは〝鎖国の定義〟による。江戸後期に蘭学や海外動向情報が流入していた証拠はいくらでも見つけ出すことができる。しかしそれと同じくらい、欧米人や欧米文化を得体の知れない鬼や魑魅魍魎として捉えていた証拠も見つかる。(中略)江戸の人々の心は欧米文化に対して広く開かれてはいなかった。

 この明治維新まで続く江戸後期の矛盾をはらんだ動向を前提とすれば、秋田蘭画はとても面白い文化的混合だった。蘭画の流行は新奇を好む当時の人々の心性から生まれた。正確に欧米絵画の伝統や作品を理解していた者はおらず、見よう見まねでそれを南蘋派や、欧米絵画の影響を受けた中国絵画の手法と折衷させていったのである。(中略)この折衷は、少なくとも日本画においては明治維新後も引き継がれることになる。秋田蘭画はその最初期の成果だと言える。

(山本俊則)

 

時代時代によって学問的成果が変わってゆく、変わってゆかなければならないのは当然ですが、最近では創作者だけでなく、学者さんまで個の強い自我意識に基づいたちょっと極端な主張をするようになっている傾向がありますね。幕末に幕閣上層部や知識人たちが、ある程度欧米の動向を知っていたのは間違いありませんが、当時の国是として諸外国との個人レベルの往来・交流禁止は厳然としてあったわけで、山本さんが書いておられるとおり、江戸は鎖国ではなかったという議論は、まず〝鎖国の定義〟をしっかり議論することからしか始まりません。

 

これは明治時代の知識人たちが、最初に欧米文化を学んだ時に最初にやったことです。現実な用語と概念定義と、それに基づく論理的な文章構成ですね。面白いことにポスト・モダニズム思想が流入し、それを生半可に理解した批評家たちによって、この欧米的基礎思考法が崩れかかっているところがあります。そういう点でも現代は過渡期なんだな。目新しいこと、奇矯なことを声高に叫ぶ人の方が注目される傾向がありますね。だけんどそれは一時的な流行で終わると石川は思いますよ。

 

 

山本俊則 美術展時評『No.072 『世界に挑んだ7年 小野田直武と秋田蘭画』展(後編)』 ■

 

 

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