山本俊則さんの美術展時評『No.046 速水御舟とその周辺 大正期日本画の俊英たち』をアップしましたぁ。速水御舟(はやみぎょしゅう)は明治27年生まれで昭和10年に満40歳で夭折した画家です。山種美術館所蔵の『炎舞』や『名樹散椿』で有名です。生前から期待されていた画家ですが、死後になってどんどん評価が上がっていったんですなぁ。

 

世田谷美術館の展覧会は、御舟の大回顧展といふわけではなく、御舟と同時代の画家たちとの影響関係を作品で辿る展覧会です。山本さんは『御舟が最も刺激を受けたのは安雅堂画塾の兄弟子・今村紫紅(いまむらしこう)からだろう』と書いておられます。御舟は紫紅を慕っていて、わざわざ彼の住む長屋に引っ越しまでしています。しかし紫紅も37歳で夭折してしまいました。ん~もったいない。

 

展覧会では御舟と同時代画家との影響関係が比較的はっきり辿れたようです。御舟は晩年に南宋画壇の写生絵画をいくつも描いていますが、これは岸田劉生の影響らしひ。劉生は麗子シリーズで有名ですが、彼もまた晩年に日本の浮世絵や中国南宋絵画に倣った作品を数多く手がけています。優れた作家の切磋琢磨が良い作品を生むのだなぁ。

 

山本さんは、『御舟は義兄の吉田幸三郎に、「自分のような凡人は、山の中にでも這入って所謂浮き世離れの生活をしなければ画業の達成は望めない」と言ったのだという。御舟が昨今なされているような「天才だ」「大画家だ」といった評価を聞いたら、おとなしい人だから「そんな馬鹿な」と微笑むだろう。日本画家が持っている技術はおしなべて非常に高い。技術なくして日本画家は成り立たない。日本画の世界で大作家と普通の作家を隔てるのは、ほんのわずかな技術と精神の境位である』と書いておられます。

 

作家はまず技術です。画家でも小説家でも詩人でもそれは同じです。でも凡庸な作家と優れた作家を隔てるのはほんのわずかな精神的境位です。技術がなければ話しになりませんが、いくら技術があってもそれをどの方向で開花させるのか見えないと、良い作品は生まれません。過去と同時代の作家の仕事を的確に把握するのは、現代作家が確かな未来のヴィジョンを育むためであります。

 

 

山本俊則 美術展時評『No.046 速水御舟とその周辺 大正期日本画の俊英たち』 ■

 

 

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