高島秋穂さんの詩誌時評『No.014 角川短歌 2015年04月号』をアップしましたぁ。特集『次代を担う20代歌人の歌』を取り上げておられます。高島さんが書いておられますが、短歌に限らず10代、20代でデビューするのはなかなか難しくなっていますね。人間の成熟が遅れていると言えばそれまでなんですが、非常に捉えにくい時代になっているという時代背景もあると思います。一昔前までは〝戦後文学〟に代表される共通パラダイムがありました。作家は先行作品をアクロバティックなまでに忠実に模倣することでも、とりあえずのデビューはできたのです。しかし今はそういうパラダイムがないなぁ。

 

 文学金魚の批評陣の中では現代のように大きく社会が変わろうとしている時に変化はまず詩の世界から起こるだろうという共通理解(予想)があります。(中略)その根拠の一つに詩にたずさわってもたいした地位もお金も名誉も得られないという厳然たる事実があります。(中略)露骨に言ってしまえば詩の世界の有名人はちょっとした小説を書いて賞を受賞した作家ほどの社会的認知すら得られないのが普通です。はっきり言えば現存の一流詩人の社会的認知度はたいていの場合三流小説家以下です。ではそうとわかっていてなぜわざわざ詩など書くのでしょうか。

 その理由は各々の詩人が考え抜くしかないでしょうが詩では自発性が求められているのは確かです。詩壇にもジャーナリズムがありますがそれは詩人たちの自発的仕事によって支えられています。(中略)この自発的仕事はジャーナリズムが必要とするその場限りの時評や状況論を詩の仕事だと勘違いしてしまわない限り文学の本質に届く可能性を持っています。社会的栄誉等々をはっきり見切ったところで見えてくる文学の本質は確かにあるのです。

 

編集人としてはちょいと無責任な言い方になりますが、こういった〝本音〟をズケッと書いて掲載できるのが文学金魚の面白いところだなぁ(爆)。もちろんメディア関係者も含め、怒ったりなさる作家の方も大勢いらっしゃると思います。でも文学関係者はどこかの時点で現在の文学状況のリアルな底を確認した方がいいと思います。

 

またもちろん石川は、こういった批評を〝批判のための批判〟として掲載しているわけではありません。作家は作家の都合で動く、メディアはメディアの都合で動くのは当たり前のことです。ただ現在の停滞した文学メディアを活性化するためには、従来とは違うジャーナリズムの方法が必要です。各文学ジャンルで『文学の本質』を把握した骨のある作家が出てくれば自ずと状況は動きます。石川は詩人さんたちに期待しているのでありますぅ。

 

 

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高島秋穂 詩誌時評 『No.014 角川短歌 2015年04月号』 ■