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今回は『角川短歌』に掲載された作品を材料に現在短歌で実践されている〝書き方〟を簡単に概観してみたいと思います。どの時代にも一定の作品生成方法は存在します。ただジャンル内に視線を集中させていればいるほど書き方に対して注意を払わなくなりむしろその規範の中での変化を競い合うようになります。しかし部外者が読むとどの作品も似たようなものに感じることも多い。もちろんこの分析は個々の歌人の作家論とは別です。短歌の現状を分析するための書き方の検討です。

 

『角川短歌』2012年7月号の巻頭は『江戸風鈴』と題された三枝昴之さんの連作28首です。三枝さんはまだ69歳とお若いですが歌誌『りとむ』主宰で宮中歌会始の撰者という重責も勤めていらっしゃいますから大物歌人といっていいでしょう。『江戸風鈴』は起床して神奈川近代文学館・斎藤茂吉生誕130年記念企画展『茂吉再生』を見に行った一日を中心に詠まれた連作です。

 

遠き世の花たちばなの人となるほととぎす啼く声に目ざめて

菊名にて乗り換え茂吉に会いに行く少年の日記の中の茂吉に

最上川はわれにあるのか ハマ風のなかの茂吉の問いが聞こえる

「横濱人(はまじん)」で「十四代」を酌み交わし茂吉づくしのひと日を閉じる

まだ夢のなかにいてこころ和みゆく階下に水の音生るるとき

よき老いはむずかしいのか朝ごとの鏡にわれを見つめる男

店先の江戸風鈴が響き合うよき枝ありてよき暮らしあり

さまざまな境界ありて皐月闇仮のこの世にあかりを灯す

はつ夏の力あふれよ椎の花関東平野に磐城平に

もう帰る空はないのになにゆえの帰心であろうほととぎす啼く

(三枝昴之『江戸風鈴』連作より)

 

抜粋ですが『「横濱人(はまじん)」で「十四代」を酌み交わし』までが茂吉展を見に行った際の作品でそれ以降は帰宅してからの日常の折々に詠まれた歌です。三枝さんは昭和短歌を強く意識しておられる歌人で連作『江戸風鈴』からも茂吉追慕の思いが伝わってきます。基本的に五七五七七定型に沿った古典的作風ですが『はつ夏の力あふれよ椎の花』といった形で〝私の日常〟からスッと大自然に溶け込むあたりは『アララギ』調と呼んでいい作品だと思います。

 

乱暴な言い方になるかもしれませんが三枝さんの『江戸風鈴』のような書き方が茂吉以降の短歌の一つの規範になっていると思います。表現のベースは写生的な日常的現実の描写でそこに作家の折々の心情が重ね合わせて表現される。ただこの自我意識表現は自我意識を越えた自然観・宇宙観を頂点(絶唱)としています。基本的には『ホトトギス』的写生俳句の平明描写が主体であり自我意識の枠組みを超える観念として循環的な日本的自然観・宇宙観が用意されているわけです。子規の万葉回帰の意図とは別にこのような比較的単純な構造を持つ書き方が『アララギ』全盛期を作り出したのだと言うことができます。

 

また連作『江戸風鈴』は基本的にいわゆる一行棒書きです。俳句の世界では多行表記が〝前衛〟表現と呼ばれることがありますが短歌ではほとんど行われていません。はっきり行を切るよりは一行の表現の中で〝調〟に変化を付ける場合の方が圧倒的に多い。

 

寄せくるはさくらの花の歌ばかり。山住まひの われ苛立たす

敗戦のさくら否定を 時とともに 賛美に変質させたり。悲しき日本

重忠が兜にかざし 戦ふは、散りやすからぬ 山ざくら花

積上げる焚き火を見上げ 帰郷せし父は 母のはたらき誉めつ

朝みづを たたふる田上(たがみ)の池面に 全容撮られて、咲く山ざくら

(中井昌一『山ざくら』連作より)

 

『滄』短歌会代表の中井昌一さんの作品です。句読点とブランク(一字空き)を活用して一行表記短歌の中で調の区切りを明示しておられます。『寄せくるは』の歌は575/77で切れることが作家によって指示されています。『敗戦の』の切れ方は5757/7です。『重忠が』はブランクと読点を使用していますので切れ方は57/5(/)7/7ということになるでしょうか。『積上げる』はさらに複雑で57/53/37で切れています。明確な法則は導き出せませんが句読点とブランクが詩のコノテーションとして活用されています。例えば『敗戦のさくら否定を 時とともに 賛美に変質させたり。』と句点で切れると次の『悲しき日本』が吐き捨て調の断言として読めるといった具合です。

 

つまり表記方法に手を加えることが作家の自我意識――いわゆる述志をより際立たせています。『朝みづを』のような叙景歌でも『全容撮られて』と感じているのは作家です。多行俳句でも同様のことが起こっていますから俳句や短歌などの短詩では通常の棒書き形式を変えること自体が作家の強い意思として作品に表現されることが多いと言うことができます。ただ短歌の場合その切れ方(調)は短歌文学の生理に沿ったものでもあります。

 

俳句を575の形式と定義すると切れ方は「575」「5/75」「57/5」「5/7/5」の4種類です。575を一気に詠み下すいわゆる〝のべつ調〟から5・7・5とはっきり切れる方法まで4種類あるということです。しかし短歌はもっと多様です。ちょっと煩雑ですがリストアップすれば「57577」「5/7577」「57/577」「575/77」「5757/7」「5/7/577」「5/75/77」「5/757/7」「57/5/77」「57/57/7」「575/7/7」「57/5/7/7」「5/75/7/7」「5/7/57/7」「5/7/5/77」「5/7/5/7/7」の16種類があります。あくまで原理的にということですが短歌では俳句の4倍の調の変化が可能なのです。

 

この短歌が内包する調の多様さが短歌文学では行切表記が行われない一因になっていると思います。つまり57577を短歌世界と措定すればその世界分節方法は少なくとも16通りある。この世界分節の多様さが短歌が歌謡や物語の母体となった要因の一つです。実際短歌作家は調の切れ目に敏感です。行切りあるいは句読点やブランクで調の切れを明示するかどうかは別として短歌の実作者は調を意識せざるを得ず通常は一行棒書きをする歌人でも作品内容によっては切れの箇所を明示することが多い。その意味で切れを表記する方法は前衛的に見えますが短歌文学では古典的原理にのっとっているとも言えます。

 

海を撃ちし男は若き兵である海を反逆者と思ひ込み

産道は光ファイバーとめどなく時代の未熟児が生まれ来る

キャンプ場にかかる大きな翼竜の影だれひとり夜明けを待たず

天使ごと巻き添へにして銃器庫の爆破三秒前の告白

さらばわが夢の氷河史いずこにも続かぬ春の茜をおもへ

(山田航『夢の氷河史』連作より)

 

恐らく今最も勢いのある短歌誌『かばん』所属で口語短歌の旗手・山田航さんの作品です。同じ『かばん』所属の穂村弘さんと比べれば短歌形式を守った作品ですが本質的に古典短歌とも『アララギ』風とも断絶した作風だと言えます。写生描写でも述志の詩でもないからです。そのすべてを内包していると言えば言えますがこれらの作品のポイントが言葉の使用方法にあるのは明らかです。言語的衝撃を最大限に活用した作品です。

 

『天使ごと巻き添へにして銃器庫の爆破三秒前の告白』は異性(同性でもいいですが)に愛の告白をする行為を『天使』『銃器庫の爆破』という言葉で修飾しています。『告白』という重大であり凡庸でもある主題を言語操作で衝撃ある表現に仕上げているわけです。『産道は光ファイバーとめどなく時代の未熟児が生まれ来る』や『さらばわが夢の氷河史いずこにも続かぬ春の茜をおもへ』はある程度述志だと読み解くことができますが『光ファイバー』や『未熟児』『わが夢の氷河史』といった言葉の新しみがポイントです。意地悪で言っているわけではないですがもし述志として受け取れば作家は自己を含めた現在の短歌表現は『未熟』で『いずこにも続かぬ』と意味表現していると受け取られかねません。

 

歌壇で口語短歌を定着させたのは俵万智さんですが彼女の作品は口語短歌の中では今や古典だと言っていいと思います。ある明確な意味内容を平明な語り口で表現するのが俵さんの短歌の基本だからです。しかし第二世代以降の口語短歌歌人は明らかに言語的修辞を表現の核にしています。『軍港を内臓している』(北川冬彦『馬』)や『てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った』(安西冬衛『春』)といった表現に近づいているということです。北川や安西の詩に明示的な意味はなく時代の雰囲気を言語化した作品だと捉えられています。山田さんらの口語短歌にも同様のことが言えます。問題は時代の何を表現しているかです。

 

第二世代以降の口語短歌は短歌としては斬新かもしれませんが近・現代詩の言語実験的成果と比較すればそれほどの新しみはありません。近・現代詩は大正モダニズムの時代と戦後の高度経済成長期の時代に自由と経済成長の波に乗って新たな言語表現を次々に生み出していきました。ただ言語表現の新しさは相対的なものであり時代が変わるとすぐに陳腐化してしまいます。またあくまで未踏の表現を追い求めようとすると詩は奇矯な言葉の羅列になりがちです。何を表現するかではなく表現そのものが目的化してしまうのです。

 

第二世代以降の口語短歌は現在進行形でありその帰結はまだ見えません。ただ新たな表現を主眼とする限りいずれその試みは頭打ちになり雪崩を打ってなんらかの古典的短歌形態への回帰が始まる可能性は十分にあります。あるいは主要作家が短歌を通過儀礼的な言語実験の場として見切りをつけ他の表現ジャンルに流れていく可能性もあると思います。口語短歌作家が短歌の新たなアイデンティティを見出すのかその表現は短歌形式でなくても良いという結論に達するのかはわかりませんが若い歌人の多くが現在従来の短歌とは切れた言語表現に魅了されているのは確かでありこの表現流行はしばらく続くと思います。

 

ひとはまづおつるまへみずたまとなりおつるまぎはもためらふ枝に

いろいろのこゑのなかみづいろのこゑのやがて死ぬ子のちゑのわあそび

ちちははのちゆうねんのこゑしめなははまぐはふ蛇とわれをおどしし

幹のぼりゆく蟻ありふれてあれど梢(うれ)の極限までゆくもある

死にしゆゑわれより自ざいなるきみのけふたえまなくつばなとそよぐ

きのふみしゆめのおもさもいちまいの紙のおもさもいとしゑわれは

(渡辺松男『こゑ』連作より)

 

歌誌『かりん(歌林)』所属の渡辺松男さんの第46回迢空賞受賞第一作32首からの抜粋です。『かりん』は馬場あき子さん主宰です。平仮名の多い表記ですがそれだけでなく『おつる』を重奏させ『こゑ』『ちゑ』と韻を踏むなど日本語の膠着性を活かした作品になっています。人の耳目を集める斬新な作品ではありませんが『いろいろのこゑのなかみづいろのこゑのやがて死ぬ子のちゑのわあそび』など平安短歌の密教的文学空間を彷彿とさせる作品です。この作品はどの箇所でも切れておらずのべつ調で詠み下されたものではないでしょうか。一気に生み出されたわけですがヌルリとした少し不気味な読後感があります。

 

口語短歌に注目が集まりがちですが歌壇ではこういった書き方の作品もいまだに作り続けられています。維新以降の近・現代短歌で一般読書界で最も良く読まれた作品は石川啄木や中城ふみ子らの絶唱です。修辞的にはそれほど工夫を凝らしていませんが恋愛であれ病気であれ日常生活で襲い来る現実の残酷をほんの少し狂気の入り交じった幻想表現にまで高めている作品です。それもまた短歌文学の冨(遺産)であり方法化すれば一つの〝書き方〟として継承できるものです。

高嶋秋穂