一.フィル・スペクター
もう師走。色々あったが今年もまあまあ早かった。所謂あっという間。この時間感覚、もう戻るタイミングはないのかと思っていたら案外イージーに発見。先日、久々に赴いた歯医者で大口あんぐり開けながらの治療中。時間の流れ、ずいぶん遅かった。そうそうこれこれ、と口を開けながら喜ぶ訳もなく。
実は少し前からクリスマスソング漬けだった。数年前にも記したが、友人の店のBGM用。ずっと聴いていると何となく気持ちがクリスマスめいてくる。基本的にはハッピーでアッパーな音楽なので、過剰摂取すると脳に影響あり。多幸感というか、頭おかしくなる。もちろん良い意味で。
こんな風に改めて向き合うと、クリスマス企画盤の多さに驚く。相当数のミュージシャンがリリースしていて、意外だったのはボブ・ディランの『クリスマス・イン・ザ・ハート』(’09)。彼が、という意味ではなく、キャリア50年を目前にして、というタイミングに吃驚。ちなみに印税は慈善機関に全額寄付。数多あるクリスマス盤の中でも頭一つ抜けているのは『クリスマス・ギフト・フォー・ユー・フロム・フィル・スペクター』(’63)。名盤というか個人的にはスルメ盤。歳をとって噛めば噛むほど良い。タイトルどおり名プロデューサー、フィル・スペクターが手掛けたアーティストたちによる良質のパフォーマンス集。彼の代名詞でもある「ウォール・オブ・サウンド」とスタンダード曲の融合はどこか懐かしく、何度か噛むうちにその濃密さがクセになる。混ざり合った複数の楽器の音色に溺れる快楽は、その発明の経緯・内容を知れば尚更増幅される。ちなみに、でもないけれど彼は毀誉褒貶の激しい人物であり、有罪判決を受けた殺人犯。数年前に刑務所の病院で亡くなっている。
当然歯医者の帰り道もクリスマスソングを聴きながら。「こっちの虫歯はちょっと手強そうなので次回にしましょう」という先生の不吉な言葉をかき消すようにボリュームをグッと上げる。目指していたのは新丸子の食堂「S」。此方は昼呑みOKの有名店。厚い衣のアジフライで一杯やるべ、とドアを開けるとほぼ満席。客の会話、笑い、物音が混ざり合い正に音の壁。特等席は一番奥にあるカウンター。荷物を置いてよいしょと座り、背中で音の壁を感じるのがオススメ。
【 Sleigh Ride / The Ronettes 】
二.スタンリー・ジョーダン
この店ならここ、という個人的特等席。大抵は貼られたメニューが見やすいとか、店員さんに声が届きやすい等の物理的な理由。一方、店側、というか常連客辺りが決めている特等席もある。しばしば話題になる一見客に嫌われがちなアレ。もしそんな雰囲気を感じた時は入口でストップ。店員さんの指示を待つのであまり気にはならないが、「こっちへどうぞ」と常連グループの卓に呼ばれるレアパターンもあって、これは少々困る。ただでさえ気を遣う相席、お呼ばれして盛り上がった経験はほぼ皆無。
勝手な勘違いパターンもある。椅子席と立飲みの両方あれば椅子席が、またカウンターとテーブルならテーブルが「常連様用」かと思いきや逆。創業六十余年の高円寺の居酒屋「B」は後者で、以前、入ってすぐのテーブルは畏れ多いと奥のカウンターへ向かうと逆だった。そこには意外とそびえる音の壁。ただ場所が奥なので分かりづらく、皆様がお帰りになった後の静寂でようやく気付いた。それ以来は一人で広々テーブルを使わせていただいている。
無論クリスマス企画盤ではない通常のアルバムに、クリスマスソングが並ぶこともある。ただオリジナル曲ならまだしもスタンダード・ナンバーは目立つので、取り扱いが難しい気も。タッピング奏法の名手、スタンリー・ジョーダンの名盤、その名も『スーパー・スタンダーズ!』(’86)の最後を飾るのは「Silent Night」。タッピングならではの音の余韻は美しく、発音と静寂の独特な移り変わりに主旋律の存在を忘れてしまうほど。実際に奏でる姿もインパクト抜群ですので、どうぞご覧下さい。
【 My Favorite Things ~Silent Night / Stanley Jordan 】
三.ポール・マッカートニー
オリジナルのクリスマスソングって何というか悩ましく難しい。全体的な印象はスタンダードに近く、アレンジに至っては鈴の音色という鉄板がある。つまりなかなか縛りがキツい。そんな難所を切り抜けた楽曲といえば、まずはマライア・キャリーのアレ。「恋人たちのクリスマス」(’94)。商業的成功云々の前に、ポップ・ソングとして高レベル。個人的に好みなのはポール・マッカートニーの「ワンダフル・クリスマスタイム」(’79)。オリジナルのクリスマスソングとしてだけでなく、ポールのソロ・キャリアの中でも一番くらい好きな曲。実は評論家筋の評判はあまり良くなく、その辺も混みでお気に入り。
生活の上ではあまりクリスマスに重きを置かなくなり、それより熱燗とおでんを求めていたりするが、でもやはりこの季節、街が赤と緑に色づくのは悪くない。実は昨日、少し早めのクリスマスプレゼントがあった。師走らしく普段より気忙しい下北沢を歩いていると、ふと見かけない光景が。酒屋さん「O」の店先にテーブルが出ている。ん? もしや。端には若い女性二人組。テーブルの上には……プラコップに入ったビール。こりゃ間違いないと即入店。確認すると先月から角打ちを始めたとのこと。思わず御礼の言葉が出た。訊けば赤星大瓶440円。都内ではかなりの安値。これが今年のクリスマスプレゼントと思い込み、ストーブが置かれた店先でありがたくチビチビ。
これくらいのサイズでよければ、皆様にもきっと良いことございます。今年も大変お世話になりました。
【 Wonderful Christmastime / Paul McCartney 】
寅間心閑
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