一.コブラ
似合う/似合わない、はきっと関係ないだろうけど、年末、柄にもなく体調を崩して数日間寝込んでいた。昔より丈夫じゃなくなったな、と感じる機会は年々増えたが今回の件で確定。あたしもうぢき駄目になる。
そんなこんなで諸々慌ただしく年始を迎え、あんなに長いと思っていた連休も終わり、気付けば日常。へえ、なんてポカンと口開けて、また余計なウイルス吸い込んじゃ元も子もない。そんな折、気付けばポケットに地下鉄の一日乗車券が。無論心当たりはある。昨日の夕方、友人と会う為に買い求めた。都内の地下鉄、正確には東京メトロの一日乗車券はきっかり24時間有効。つまり今日の夕方まで使える。時刻は正午前。これは、と考えるより先にスッと立って、パッと身支度。正直なところプランは決まっていないけどスタート。こういう時はなるべく遠くへ。候補は複数あったが「ゴブサタ度数」や「アルコール度数」などから総合的に判断して押上に決定。車内でひたすら計画を練る。案外この時間が一番楽しかったりするのよねえ。
押上は駅近くにも店は多いが、本日は晴天なり。せっかくなので散歩がてら足を伸ばしてみよう。実はこの辺り、バス利用が効率的なのだけど、今日は一日乗車券のリミットがある。いや、そこは自分の匙加減か。まあ、ここもまた総合的に判断して夕方までの短期戦に決定。まず一軒目は本所吾妻橋の酒店「M」。スカイツリーを見上げながら歩いて七、八分。こちらはとても良心的な角打ち。満足度が抜群に高い。売りはマルエフの生。白も黒もあるしハーフ&ハーフもOK。サイズは中で400mlオーバー。価格は300円。素晴らしい。肴はピザトースト。手作り感満載の逸品は150円。滞在時間は二十分弱だったが最高のスタートダッシュ。
音楽の聴き方も多様になり、アルバムを基準としない層も多いであろう現在、ふと思い出すのはミニアルバムの存在。収録曲数は六~七曲くらい。安価で手軽だが寄せ集め的な内容のものも多かったような。スカパラの通称『黄色いアナログ』(’89)のように、名刺代わりに一発というのが小気味よく美しい。思い出すのはコブラの『STAND! STRONG! STRAIGHT!』(’91)。パンクロックのサブジャンルである「Oiパンク」を看板に、バンドブーム期に二年弱で武道館公演まで駆け上がったパンク・バンド 。その歴史は1982年からと古く、件の最盛期は二度目の再結成。ベースにポン(現ラフィン・ノーズ)、ギターにナオキ(現SA)と二大スターを据えた華のある布陣だった。肝心の内容は全七曲/トータル二十分弱、ルーツ・ミュージックの影響を全面に押し出した潔い快作。どんなジャンルであれ、この潔さは議論の的になりがちだが個人的には大歓迎。高確率でゲートウェイにもなり得るし。
【 STAND STRONG STRAIGHT / COBRA 】
二.夏木マリ
久々にマルエフ生を堪能した後は、二十分ほど歩いて次のお店へ。とても空気が澄んでいる。いい天気で本当に良かった。こんにちは、と入ったのは向島の大衆居酒屋「K」。此方も久々。御主人のSNSでの歯に衣着せぬ発言が取り沙汰されることもあるが、個人的にはとても好きな店。だって肴が美味しいだけでなく、懐に優しいんですもの。開店して十数分後だったが既にカウンターは埋まり気味。タン刺し300円とマグロ脳天フライ300円を目の前に並べて御満悦。いやあ、旨い。御品書きを見るとシンプルだが、実際に食べてみると「ほう」となる。そんな嬉しい裏切りを味わいつつ、まだもう一軒行くんだからと贅沢な葛藤を。
小西康陽のプロデュース・ワークで最も印象深いのは夏木マリ。『9月のマリー』(’95)、『ゴリラ』(’96)、『パロール』(’02)はどれもプレイヤーとしての彼女の魅力を存分に堪能できる。楽曲の設えは案外シンプル。ただ彼女の演技力が、作品の旨味を取りこぼすことなく匙の上に乗せてくれる。だから「ほう」となる。通底しているのは声そのものの存在感。硬軟織り交ぜつつも一貫している「鋭さ」が、言葉意味をダイレクトに届けてくれる。どのアルバムも素晴らしいが、最初の一枚としてお勧めするなら『ゴリラ』。歌と語りのバランスが一番好み。何より氏がこのワークをピチカートファイヴの活動と並行して行っていたことに驚嘆。
【私のすべて/ 夏木マリ】
三.アストル・ピアソラ
アルゼンチン・タンゴ、というかアストル・ピアソラの音楽が好きで二十代後半から聴き続けている。でも何も分からない、というか分かろうという気持ちに全くならない。ただ聴こえる音楽にうっとりと身/耳を任せるだけ。分析放棄。一番幸せな接し方かもしれない。どのアルバムを聴いてもうっとり。旋律も音色もアレンジも全て素晴らしい。あえてピックアップするなら、ニューヨーク・アンダーグラウンドの鬼才、キップ・ハンラハンとのコラボレーション3部作、彼のレーベル「アメリカン・クラーヴェ」からリリースされた『タンゴ:ゼロ・アワー』(’86)、『ザ・ラフダンサー・アンド・ザ・シクリカルナイト』(’88)、『ラ・カモーラ』(’89)だろうか。まったく別ルートからキップ周辺の作品を聴いていたので、三部作の存在を知った時は感慨深かった。そんな個人的な記憶を抜きにしても、刻み込まれた音楽はとても美しい。そして本当に何も分からない。ただただ身/耳を任すだけ。
夕方リミットの呑み歩き。水戸街道を三十分直進して目指すゴールは久々来訪の居酒屋、創業七十余年の老舗「M」。品数は決して多くないが、どれも美味しく懐にも優しい。この界隈、鐘ヶ淵周辺は「酎ハイ」、即ち「焼酎ハイボール」の発祥といわれるが、此方のハイボール300円も絶品。透明色でスッキリ。思わず呑みすぎるタイプ。ハツ刺し350円と牛センマイ刺し350円を肴に、のんびりと流れる時間に身を任す。変化を見逃すほどの緩やかな空気は大変心地よく、細かいことは考えない。分析放棄。さあ、もう一杯いただいたらウィニングラン。酔い覚ましに少し歩きましょう。
【 Milonga Del Angel / Astor Piazzolla 】
寅間心閑
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