一.ビリー・ブラッグ

年の瀬に階下の住人が引っ越したから、というわけではないが、年末年始は個人的な名盤を聴きながら、よく夜更かしをしていた。アレも聴きたいコレも聴きたい、と追いかける側のはずが、いつしかアレも聴かなきゃコレも聴かなきゃ、と追われる側になりがちなので、名盤認定したアルバムとじっくり向き合うのは意外と久しぶり。時期のせいか年齢のせいか、しっとりとした聴き心地のアルバムがやや多く。当たり前のことをそれらしく述べると、歳を重ねれば重ねるほど名盤認定する為の時間は短縮される。それなりに経験もあるし、まあ何より時間がない。聴きたい対象は増え続け、集中力は途切れがち。睡眠自体は短くなるが、生き物としての活性は下降気味。音楽に込められた余白へ想いを馳せることが、こうも難しくなるなんて。
それでも未知のアルバムを求め続けることに、きっと最早、理屈はない。ただの癖、何なら悪癖かも。
今回チョイスしたアルバムは無論どれも素晴らしく、その輝きを再確認したり、こっそり懐かしんだり、ちょっとしたご褒美タイムだったが、新たに発見する響きも多々あったことが何より嬉しかった。
中でもビリー・ブラッグの『ワーカーズ・プレイタイム』(’88)は、このタイミングで聴き直して本当にラッキー。知識として知っていたことが、感情に浸透する感覚には「快・不快」を越えたミラクルがある。「左翼的プロテスト・シンガー」なんて呼ばれ方をする彼だからこそ、その柔軟性や文学性は重要なポイント。アルバムタイトルの元ネタは、第二次世界大戦中のBBCのラジオ番組。これは工場で働く労働者たちを励ます為のプログラムで、毎回番組の最後に「Good luck, all workers!」と司会者が呼びかけていた。またアルバムの最後を飾る名曲「Waiting for the Great Leap Forwards」は、毛沢東の「大躍進政策(Great Leap Forward)」に掛かっているが、歌われているのは革命の前に山積する地味な活動と挫折の繰り返し……。音楽に限らず、ほぼ全てのものは多面体。実は違う角度から見ることができる。
年末年始は人と会う機会が増える。必然的に呑みに行く流れとなり、普段単独航が多い身としては、たとえ普段使いのお店だとしても刺激的な空間に変容することがしばしば。たとえば先日は上野アメ横の立飲み「T」。朝早くても夜遅くでもフラっと吸い寄せてくれる名店に、気のおけない友人と二人で。そろそろ正午の早い時間帯でも店内の雰囲気はできあがっていて、新年の挨拶もそこそこに上機嫌。200円の定番煮込みで英気を養い、490円の大瓶で養ったことを忘れる。通常ならそのループで構わないが、本日は同行二人。もう何軒か行くからと退店準備に取り掛かる。彼に続いて「じゃ、トイレ」と口にして気付く。トイレに行くの、初めてじゃん。たしかに一人の場合だと、荷物のことなどあるので滅多にトイレには行かない。なるほどなあ、と御手盛りな感心をしつつ厠へ。違う角度どころか、知らないスペース、拝見いたしました。
【 Waiting for the Great Leap Forwards / Billy Bragg 】
二.佐野元春

話は前後して年末。日頃の不義理を詫びるため、お世話になっている立飲み兼ギャラリーへ。前身のお店から数えると、そろそろ三十年のお付き合い。場所は近くなったものの、顔を出す回数は減少。これ、個人的にはよくある話。
一階部分の立飲みスペースで熱燗をいただきながら、コイツはこうだがアイツはどうした的な話で盛り上がった後は、二階部分のギャラリーに上がって店主へご挨拶。次の展示の準備をしていた彼もそろそろ古希。還暦の時は眼鏡をプレゼントしたんだった。ドコが痛いココは大丈夫、と健康状態の報告をし合って「また新年に」と下へ戻る。ちょっと老けたけど、あの細く急な階段を降りられるなら大丈夫。老当益壮、老いてなお盛ん。まだまだ見習わせてもらわなければ。
いつもは何とも思わないが、ふと気付いて驚くのは、長年聴いてきたアーティストが今も活躍していること。活動規模の大小とその質は比例しないと考えるが、大舞台に長期間立ち続けることは、タフでなければできないと素直に感心してしまう。
たとえば佐野元春。古希を目前にテレビの生放送へ出演した彼の若々しい姿が話題になったが、音楽活動自体も本当にアグレッシブ。印象的だったのは15枚目のアルバム『ゾーイ』(’13)。新しいバックバンドと共に奏でる音は、「挑戦」という言葉さえ似合ってしまうほど若々しかった。中でも「人間なんてみんなバカさ」と、初っ端から突き付けられる「君と一緒でなけりゃ」は痛快。彼のあの声だからこそ、刺さり方が深くなる。ただこの曲、実は遡ること20年前の名盤『ザ・サークル』(’93)に収録予定だったという。なるほど、ちゃんと老いるには過程も大事なんだなと納得。
【君と一緒でなけりゃ / 佐野元春】
三.スティーリー・ダン

年末年始に満喫した名盤づくしの夜。結局、複数回聴いたのはスティーリー・ダンの『彩(エイジャ)』(’77)だけ。少し前までは、奇妙な構成と分析不可能な間奏部分(スティーヴ・ガッドとウェイン・ショーター!)が魅力的なタイトル曲がハイライトだったが、今回そのタイミングは一曲ズレた。つまり3曲目の「Deacon Blues」を違う角度から聴くことに。ざっくり言えば、歌詞の内容は皮肉屋の負け惜しみ。決してソレが沁みたわけではない、と言い張りたいけれど果たして……。
新年気分も終わった一昨日の夜、これまた長年お世話になっているバーへご挨拶。マスターは日本と台湾のハーフ。あんなに美味しかった料理の数々を、面倒くささから封印し始めて十数年。今やスーパーの刺身が出ることも珍しくない。元々呑んでいる時にはあまり食べないので、特に気にはならず。ただ一昨日は寒かった。客も他にはいなかった。そこで出てきたのが手作りのおでん。何の変哲もなかったが美味かった。今年もこんな感じでお届けします。皆様、お手柔らかに。
【 Deacon Blues / Steely Dan 】
寅間心閑
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