一.ケラ&ザ・シンセサイザーズ
分かりづらい話をひとつ。何となくお察しのように、私は音楽が好き。付け加えれば「聴く」ことだけでなく、それを「考える」こと、そしてこのように「書く」ことも好き。お話ししたいのは、その「きっかけ」について。日時は間違いなく十二歳の九月二十四日。つい数分前にネットで調べて判明。当時のテレビ番組やヒット曲、ニュースなどの周辺情報を加えると具体的な感触が蘇ってくる。それまで流行りのアイドルばかり聴いていた耳が、音楽番組「夜のヒットスタジオ」、通称「夜ヒット」から未知の衝撃を受けたあの夜が生々しくズシっと。で、何が「分かりづらい」かというと、その運命の日以前に聴いていた「音楽」Aと、衝撃を受けた「音楽」B、そしてそれ以降今に至るまで聴いている「音楽」Cの違い/差異。なにしろ暑いので精度の高い答えは出ず。拙いながらBが耳、つまり私の感覚、何なら私自身を変化させたのでは、と予測。いい線いってそうだけど、さて。
……と、こんな内向きな疑問を抱えたのは久々に訪れた赤羽の立飲み「K」のせい。店内の明るさやシンプルさがレトロフューチャーを想起させる、界隈で一番好きなお店が何と半分になっていた。半分? そう、マジで半分。左右あった入口が左だけになり、飲食スペースも五割カット。想定外のダウンサイジングに動揺しつつも平気な顔でチューハイをオーダー。この形態になって結構経つらしく、お客は誰も話題にしない。元々の近未来感のせいで浮かぶ単語は「パラレルワールド」や「タイムリープ」、何なら「化け狸」。非現実的な妄想にワクワクしながら杯を重ね、いつしか考えていたのは数日前に珍しくテレビで見かけた劇作家・ケラリーノ・サンドロヴィッチのこと。
何を隠そう数十年前「夜ヒット」にて未知なる衝撃を授けてくれたのは彼、がヴォーカルを務めるバンド、有頂天だった。曲はメジャー・デビュー・シングル「BYE-BYE」(‘86)。気取って言うなら、道を踏み外したのはあの夜から。その後も数度、激震レベルの衝撃を経験したが一発目は別格。彼の奔放なユーモアや、明快な愛と憎の表現、それらと演劇的感性をベースにした作品群の「怪しさ」に出会わなければ、私は別人になっていただろう。本当、危ないところだった。
有頂天の音楽は今なら「シアトリカル」と表すが、ランドセルの私には珍妙で不気味でクレイジーな何か。突然半分になった飲食店に迷い込んだような不条理さ、そしてそれを「可愛い」と評するような厄介さに溢れていた。ちなみにバンドは最近も積極的に活動中。懐かしさを面白さが遥かに上回る。
本来なら私にとっての「音楽」B、即ち有頂天の楽曲を紹介するべきだろうけど、彼のトリッキーさを無謀にも真似て、別バンドであるシンセサイザーズの初フルアルバム『15 ELEPHANTS』(‘07)より名曲を。
【神様とその他の変種 / ケラ&ザ・シンセサイザーズ】
二.ストロベリー・スイッチブレイド
ハーフサイズになった店を出て、向かった先は上野。そろそろ海苔がなくなる頃だった。暑いのにアメ横はまあまあの人混み。そうかお盆か……と気付いて一気にトーンダウン。海苔屋、休みかも。そんな悪い予感に限って当たるのよねえ。元々呑む気でいたけど、こんな流れだと調子が狂っちゃう。深く考えず入ったのはチェーン店立ち飲み「B」。仕切りの上手いオネエサンを見て、以前来たことを思い出す。客層は若い男女が多く、そのせいで雰囲気も明るく色々感慨深い。老若問わず、価値あるモノは支持される。隣のヤングは百円台の肴に「ヤバっ」と驚き、供された実物を「可愛くね?」とスマホでカシャ。辛気臭い顔して呑んでるけど、当方も気持ちは同じ。さっき「一名様」を「シメサバ」と聞き間違えていたオネエサン、可愛くね?
バナナラマ、ノーランズにスパイス・ガールズ、シャンプー等々、日本で人気を博した海外ガールズ・グループは数多いて、今彼女たちの代表曲を聴くと先ず懐かしさが漂いがち。大ヒット曲の宿命といえば味気ないが、きっと及第点。裏を返して、まあまあのヒットに良曲が多いかというと然に非ず。例えば楽曲の耐久性が抜群なのはスコットランドのポップ・デュオ、ストロベリー・スイッチブレイド。成功を収めたセカンド・シングル「ふたりのイエスタデイ」(’84)は、ソフトロック界隈の有名曲、ファースト・クラスの「ビーチ・ベイビー」(’74)、そしてクラシック畑のシベリウス(!)「交響曲第5番」を下敷きとした正統派ポップス。音色はやや時代がかっているものの、それを補って余りある儚い可愛さが印象的。ちなみに前年リリースのデビュー・シングル「Trees and Flowers」(’83)も地味ながら彼女たちの魅力に溢れた佳曲。
【 Since Yesterday / Strawberry Switchblade 】
三.ディジーヨーグルト
今回、最後にお届けするのは、90年代後半に国内の一部で注目を集めた謎多き「レイト・アノラック」シーンのバンド、ディジーヨーグルトのファースト『INSIDE OUT UPSIDE DOWN』(‘98)から。バンド名から想起するその感じ、甘ったるいだけではない可愛さを具現化した楽曲は、まだ未聴の耳が羨ましいほど高品質。リアルタイムで味わえたはずなのに当時はほぼスルーだった為、個人的にまだまだ奥が深い此方の界隈。所謂「名曲」の捉え方等、刺激的なヒントが沢山。
やきとんは好きな部位を二、三本ずつ頼み、チューハイを飲み終わるタイミング毎にオーダーを繰り返すのが常。どっちかといえば無骨で小ぢんまりが好み。新しい店を選ぶ時もきっと無意識に偏っているはず。ただ先日久々に訪れた中野のもつ焼き「E」は、二、三種の部位を一つの皿で提供。通常の串もあるが、メインのもつはこのスタイル。薬味等の乗せ方も含め、昨今の風潮を無視して伝えるなら女子が好きそうな可愛さがある。もちろん思うところはあったが、イヤこれがなかなかいい。味、分量共に文句なし。老いて何に従うかはケース・バイ・ケースだけど、この場合従って大正解。近いうち、また寄らせてもらいます。
【 Maria / Dizzy Joghurt 】
寅間心閑
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