一.フリッパーズ・ギター

母には多くの姉弟がいて、幼い頃に未婚、もしくは子どものいない伯母たちから、老後の世話、何なら葬儀周りの諸々をよく頼まれていた。もちろん冗談混じり。そしてあれから数十年、何人もの親族が天国へと旅立っていった。普段遠くに暮らす甥っ子は自分でも呆れるほどに頼りなく、冗談混じりの約束はちっとも守れていないが、何かの時は可能な範囲で顔を出すよう心がけてはいる。まあその前後や旅程に飲酒の機会を組み込んでいるので、決して褒められるようなことではなく。ちなみに今回の目的は納骨。先日旅立った伯母と、数年来、彼女が手元に置いていたもうひとりの伯母、二人分の遺骨をお墓に納めた。
飛行機でも新幹線でもまず目指すのは博多。そこから一時間半ほどかけて帰るのだが、この道中が誘惑に溢れている。さらっとオサライすると、最近ちょこちょこ聞くようになった単語、「角打ち」。酒屋での立ち飲みを意味する言葉だが、発祥の地は北九州といわれている。つまりこの辺りは本場周辺。いつでも期待以上のサムシングがある。まず訪れたのは大濠公園の酒屋「N」。此方は創業九十余年の老舗。前回は時間が合わなかったが今回はばっちり。店内を覗くと老若男女併せて八割の入り。勇み足気味に入店しショーケースを覗いて数秒、すぐに話しかけられる。バイリンガルで助かるのはこんな時。前金or後金などのルールを習ってしれっと馴染む。此方は本当に賑やかで、情報戦さながらに話が飛び交うのは偶然ではなくきっと店柄。そのうち人間関係まで分かるのが面白い。皆様が食べている小皿は「ツルムラサキの酢の物」、もちろん自家製。ではでは、といただきつつ呑み進め、二本目のロング缶を取り出す頃には納骨から広がって墓じまいの話まで。こりゃまた近いうち帰ってこにゃならんばい。
コンプラ、というワードが飛び交うようになって久しいが、立場によって意見は様々。頑丈な正論だって、誰かにとっては目の上のコブ。当分過渡期は続きそう。例えばサンプリング。既存の曲/音源の一部を流用/再構築するこの技術、最近だと亜蘭知子の「Midnight Pretenders」(’83)が、グラミー賞受賞経験も豊富なザ・ウィークエンドのシングル「Out of Time」(’22)で丸々サンプリングされたことが、シティポップ再興のエピソードとしてよく取り上げられるが、この界隈、ひと昔前までは案外無法地帯。訴えられると巨額の賠償請求という可能性もあるので、再発する際はサンプリング使用曲をカットなんてことも。印象的なのはフリッパーズ・ギターのラスト・アルバム『ヘッド博士の世界塔』(’91)。シングルカット曲を除き、いまだデジタル配信も再発もされないのは、サンプリングの多用が原因と噂されるやんちゃな名盤。ストーンズ、ビーチ・ボーイズ、モンキーズといった古典から同時代のプライマル・スクリーム辺りまでやりたい放題。学生当時のウブな耳にはスタイリッシュに響いたが、噛めば噛むほど野蛮なまでの情報量の多さが爽快。過ぎたるは猶、という言葉は知っているが、ここまで過ぎていると圧倒的。
【奈落のクイズマスター / FLIPPER’S GUITAR】
二.ジョー・パス

賑やかな角打ちの余韻に浸りつつ宿へと帰る道すがら、気になるお店を発見。年季の入った建屋に看板はないが中は蛍光灯が点いている。そっと覗くと小カウンターがあり、ひとり中年男性が飲酒中。普段なら躊躇う場面だが、ほろ酔いのバイリンガルはどこ吹く風。遠慮なく踏み込んで「呑めます?」。はいはい、と答えていただいたのは中年男性、ではなくカウンターの中にいた親世代のマスター。厳選した数品のみの隙間だらけのショーケース、小さなテレビの音、そして明るすぎない照明。個人的にはベストのロケーション。このシンプルさ、「過ぎたる」です。本当に圧倒的。マスターに看板がない理由を尋ねると、昔は酒屋がここだけだったので名前も看板も必要なかったとのこと。いやあ、痺れる。後で調べると焼酎の酒造場が隣接していて、なんと創業二百六十年(!)。勘定は缶チューハイ二本と6Pチーズ、〆て460円。また来にゃならんねえ。
サンプリングの対極、とはいわないがギター一本での演奏はガラリと趣が変わる。更に歌ナシとなると浮かぶのはジャズ畑のギタリスト。中でも圧倒的といえばジョー・パス。「名手」「巨匠」を意味するイタリア語「ヴァーチュオーゾ」をタイトルにしたアルバム(’73)は、彼が四十四歳の時に奏でたジャズ史に残る名盤。アンプを通さない生音のギターが描くスタンダード・ナンバーは、自在に輪郭を変化させながら記憶の一歩先を跳ねていく。どの曲を聴いても圧倒的に美しい。
【 ‘Round Midnight / Joe Pass 】
三.OST ジャッジメント・ナイト

前例のように「過ぎたる」モノは、圧倒的な何かを秘めている……場合もあるかと。無論、単に及ばざるシーンも多々あって、それこそ旅先。納骨の帰りに立ち寄った広島で、評判のお好み焼き屋が沢山あり過ぎて一苦労。優柔不断と言われたらそれまでだけど、どなたか適所に導いてくれたらと怠け心が起き上がる。実は何軒目かに寄った日本酒メインの立ち飲み「M」がそんなお店。伝えたのは「スッキリしたのがいい」「とろみが欲しい」など曖昧な要望のみ。それをヒントにマスターが酒を選ぶ至れり尽せり方式。え? 呑む時くらい怠けるな? それを言っちゃあ、ねえ。
音楽において、勧めたり勧められたりの経験は少ない。稀な経験で覚えているのは映画『ジャッジメント・ナイト』(‘93)のサントラ盤。これヤバいから、と友人がボリューム大きめで流した結果、一曲目の甲高いスネアの音からずっとニヤけっぱなし。それもそのはず、このアルバム、当時はまだ斬新だった全曲ロックとヒップホップのコラボ。ソニック・ユース×サイプレス・ヒル、ヘルメット×ハウス・オブ・ペイン、スレイヤー×アイスT等々、サントラ盤の域を軽々と超えた豪華なメンツが、重過ぎ×激し過ぎの音波を発しまくる。
【 Just Another Victim / Helmet & House of Pain 】
寅間心閑
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