萩野篤人 連載評論『アブラハムの末裔』(第03回)をアップしましたぁ。
私も「きょうだい」だった。結婚するとき、妹のことを相手に告げようとして、私はひどくためらった。カマトトぶるわけではないが、逡巡という感情をはっきり自覚したのは、このときが初めてだった。子どものころ、私は九つ下の妹のことをやけに癇の強いやんちゃな子だな、会話はよくできないけど毎日の遊び相手には事欠かないな、という以上に特別な存在とみなしたことはなかった。市内の小学校では、妹が通っていたその学校だけが知的障害者を普通学級に受け入れていた。日本ではいまなお数少ないインクルーシブ教育の走りというより、受け皿も教員も不足していたのだろう(日本においてインクルーシブ教育が捗らない現状と課題は先年、国連からも指摘されたが、大阪府豊中市のように早くから独自の取り組みを成功させてきた自治体もある。ここでは詳述しないが、肝心な点は共生のための誰ひとり取り残さない教育に、地域社会がどこまで本気になれるかである)。
(中略)
思春期になってからの私は、友人知己に対して、訊かれないかぎり妹のことを自ら進んで話題にすることはなかった。ことさら隠すつもりはなかったが、告白(ということばをつい用いてしまう「空気感」が問題なのだ)したとたん、かれらが私に気遣う反応とその場の一瞬のこわばりを、まざまざと感じるのがイヤだったからである。当時の私と「世間」との間には、その程度の皮膜が張られていたわけだが、それでも皮膜で済んだのは、私が両親の庇護の下にあったからである。妹が日々「世間」にさらされる場面に、私が当事者としてかかわる機会はそうそう無かった。皮膜が壁となって高く立ちはだかったのが、自らの結婚だったのである。
彼女はもちろんのこと、彼女の親が知ったらどう思うだろうか。拒否されたらどうしようかと悩んだ。懸念は的中した。相手の両親からは大反対され、彼女の家には出入りを禁じられ会うこともかなわず、結婚にこぎつけるまでには、ずいぶんとハードルを越えなくてはならなかった。
萩野篤人 連載評論『アブラハムの末裔』
まず事実として荻野さんには知的障害者の妹さんがいらした。彼女の存在から『アブラハムの末裔』という評論が書かれ、そこに肉体的思想が宿ることになったのは知っておかなければなりません。
最近になって「論破」という言葉(行為)が流行って、他者を議論で打ち負かすことが頭のいい証拠と見做されるような風潮があります。しかし石川は論破に思想があるなどとまったく考えません。萩野さんも恐らくそうだと思います。
人によっては議論でどんなに打ち負かされても「でも、でも」と言いつのる人がいます。あまりにも固執する場合、そこには肉体的思想があり、論破するのではなくそれに耳を傾ける必要がある。肉体的思想は一個の人間の肉体として育まれる強靱なもので、必ずしも論理とは関わりがないからです。
萩野さんが抱えた肉体的思想は解けないアポリアでもあります。ただそこに一直線に突き進んでゆくこの評論は感動的です。
■萩野篤人 連載評論『アブラハムの末裔』(第03回)縦書版■
■萩野篤人 連載評論『アブラハムの末裔』(第03回)横書版■
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