「短歌研究」の時評でも取り上げましたが俵万智さんの歌集『未来のサイズ』が第五十五回釈迢空賞を受賞なさいました。おめでとうございます。歌壇・俳壇にはかなりの数の賞がありますが釈迢空賞は歌壇では最も権威ある賞です。いまさら俵万智という気もしますしやっぱり俵万智という気もします。ただ功労賞的な匂いはありませんね。俵さんの現役感は非常に強いです。
生き生きと息子は短歌を詠んでおりたとえおかんが俵万智でも
選考委員の馬場あき子さんが選評で「「たとえおかんが」の歌をみつけた時、俵さんにやんわりとした曲がり角がみえたようで楽しかった。息子は自分の歌を作るとき、俵万智が母であることを考えていない。息子の母ではない俵万智の歌がここから生まれていくのだろうか」と書いておられます。同感ですね。
『サラダ記念日』の「万智ちゃんを先生と呼ぶ子らがいて神奈川県立橋本高校」は平明なのですがとても印象に残る歌です。俵さんは永遠のおかっぱ少女でありそれでいいのですがもちろん年を重ねてゆく。息子さんは短歌を詠む年頃になっています。しかし俵さんは何も変わっていない。無理なく母になり年を重ねておられる。俵さんならではの変化なき変化だと思います。名歌かどうかは別として将来俵万智という歌人の人柄を思うとき多くの人が「生き生きと」を想起するのではないかと思います。
手洗いを丁寧にする歌多し泡いっぱいの新聞歌壇
自己責任、非正規雇用、生産性 寅さんだったら何て言うかな
中国のニュース聞くとき張君を思え国とは友のいる場所
テンポよく刻むリズムの危うさのナショナリズムやコマーシャリズム
『未来のサイズ』にはいわゆる社会詠も含まれています。セウォル号事件を題材にした「都合悪きことのなければ詳細に報じられてゆく隣国の事故」に代表される連作短歌を読んだ時には俵さんも危うい表現に進んでゆくのかなと思いましたがどうやら杞憂のようです。社会詠では一種の不文律になっている事象の本質を抉ろうという姿勢がない。目や耳に飛び込んできた社会事象を即詠しておられる。深みがないと言えばそうなのですが問題はその姿勢が一貫しているかどうかでしょうね。背伸びして本質を抉ろうとしないからある本質を表現できるということもある。
ひとことで私を夏に変えるひと白のブラウスほめられている
好きすぎてどこが好きかはわからない付箋だらの歌集のように
ほめ言葉たくさん持っている人と素顔で並ぶ朝のベランダ
レシピ通りの恋愛なんてつまらないぐつぐつ煮えるエビのアヒージョ
別れ来し男たちとの人生の「もし」どれもよし我が「ラ・ラ・ランド」
俵さんらしい恋愛歌も『未来のサイズ』には収録されています。サラリとした恋愛歌で社会詠に通じるものがあります。こういった広義の抒情表現が俵さんの短歌の大きな特徴でしょうね。
短歌は古来個の自我意識表現であり抒情はその大きな富です。ただ抒情は文学ジャンルによって表現方法が異なります。詩のジャンルでは自由詩に抒情詩のカテゴリーがあります。谷川俊太郎さんなどの詩が代表的ですね。そして自由詩は短歌よりも長いので抒情表現の方法を認識把握しやすいところがあります。
自由詩の抒情詩を読めばわかりますがそれは基本的に過去に起こった心揺さぶる出来事を現時点から再構築してドラマチックな言語表現に練り上げる手法です。行数言葉数が無制限の抒情詩では作家にとって過去の出来事がどんなに衝撃的だろうとそれをあえてサラリとまとめることもできます。しかし言葉数の少ない短歌ではそうはいかない。過去感情の高みだけを切り取るようにして表現するのが最も効果的ということになります。いわゆる絶唱ですね。古来短歌では絶唱が秀歌名歌とされてきたのは言うまでもありません。
ただ感情の高みの頂点を切り取ればそれは死や絶望に近い断念や身を切り裂かれるような敗北感情になりやすい。伝統的にそれが短歌の王道であり最良の富となっているわけですが俵さんはそこに新しい抒情表現を追加したと言っていいでしょうね。抒情が現在形なのです。なるほど絶唱短歌のような質の深みはないかもしれません。しかしそれは今の私の感情の高みを正確に切り取り表現しています。それが口語短歌という表現の最も重要な富だったのかもしれません。
もちろんそこには作家の資質が強く影響します。俵さんは純な心の持ち主でしょうね。それは一般的な人間の成熟としてはもちろん欠落を含みます。ただ文学ではこういった欠落が大きくプラスに働くことがままあります。それは俵さんと並ぶ次代の歌壇の双璧・穂村弘さんにも言えることでしょうね。
ヤドカリの貝殻いつかきつくなり脱がねばならぬ浜辺を歩く
子のために願うことなかれ願うとは何かを期待することだから
制服は未来のサイズ入学のどの子もどの子も未来着ている
ふいうちでくる涙あり小学生下校の群れとすれ違うとき
子のために切りあげることなくなって一本の紐のような一日
最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て
子供の成長を詠いその未来を案じる歌が多いのも『未来のサイズ』の特徴です。俵さんの思考は未来に伸びているのですがそれは現在の「連続」でしょうね。歌集の表題にもなった「制服は未来のサイズ」は秀歌です。これほど素直な歌は稀でしょうね。いっけん平凡なようですが俵さんが歌人の中の貴種であるのは確かなことだと思います。
高嶋秋穂
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