連載翻訳小説 e.e カミングス著/星隆弘訳『伽藍』(第40回)をアップしましたぁ。掃き溜めの中の聖人〝修理屋〟は固い男なのですが、話がポンポン飛んで猥雑にもなります。無頼風ですが、インテリのカミングスさんには初体験の人種だったでせうな(笑)。
『伽藍』は第一次世界大戦中の収容所の体験に基づく小説です。一次大戦がハッキリとヨーロッパの没落と新興国アメリカの台頭を示した戦争だったのは言うまでもありません。また一次大戦はとても複雑な戦争でした。ドイツ-オーストリア連合が仕掛けた戦争ですが、そこにトルコが加わり、普段は仲の悪い英仏にロシア、ルーマニアなどが連合して対抗して大戦争になりました。しかし戦争は膠着状態で、そうこうするうちにロシアでプロレタリア革命が起こってソビエトが誕生します。ソビエトは戦争どころぢゃなくなってドイツと休戦し、英仏中心の連合国は窮地に立たされますが、アメリカの参戦でなんとか勝利することができたのでした。
儀礼はやかましいですが、結局は軍事なり経済力なりで圧倒的に力の強い国の主張が通るのが国際社会というものです。だからパワー・オブ・バランスが重要になります。一次大戦はヨーロッパ大陸でパワー・オブ・バランスが崩れたために起こった大戦争ですが、火種は残り続けました。それが第二次世界大戦となって爆発した。
二次大戦は、最近まで非常に単純な戦争として捉えられていましたね。特にナチスドイツが行ったユダヤ人の虐殺があったため、ドイツ・日本・イタリアなどのファシズム国家に対する英米中心の連合国の善の戦いという印象が強かった。ただヨーロッパ列強は15世紀から世界を植民地化してやりたい放題でした。二次大戦後にアメリカの介入もあって植民地は独立してゆきますが、これだって大義のためだけだったとは言えない。利にさといアメリカはヨーロッパ列強の力を削ぎ、自由主義貿易で利益を上げることを目論んでいました。その目の上のたんこぶになったのはソ連と中国の共産国家で、冷戦という新たな世界的パワー・オブ・バランスができあがったわけです。
今の世界の状況は一次大戦前とちょっと似たところがあります。ヨーロッパでは英・独が大国だったわけですが、超のつく大国として他国をねじ伏せる力は持っていなかった。だから周辺国を巻き込んでの戦争になっていきました。今はアメリカ、中国が覇権を競っていますが、どちらも世界で君臨し得るほどの超大国とは言えない。まだ戦争の気配はありませんが、周辺国を巻き込んでの紛争を繰り返しています。
ある意味、アメリカとソ連の二大超大国の冷戦時代はパワー・オブ・バランスが取れた時代だったとも言えます。現代では世界的なパワー・オブ・バランスが崩れ始めていて、紛争が起これば一次大戦や二次大戦よりも多くの国々がそこに巻き込まれる可能性があります。そして殲滅戦はもう行えないので、紛争が起こっても火種はいつまでも残る。『伽藍』という小説は収容所に入れられた多民族の衝突を描いた戦争の裏側の話ですが、そのモヤモヤとした雰囲気はパワー・オブ・バランスが崩れた時代そのものでもあります。
■ e.e.カミングス著/星隆弘訳 連載翻訳小説『伽藍』『第五章 大部屋の面々』(第40回)縦書版 ■
■ e.e.カミングス著/星隆弘訳 連載翻訳小説『伽藍』『第五章 大部屋の面々』(第40回)横書版 ■
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