文学金魚ちゃんねる『石川良策、文壇・詩壇を斬る!』『Vol.6 詩の世界壊滅! 歌壇だけナゼうまくいってる!?』をアップしましたぁ。文学金魚ちゃんねる第6回目でようやく詩のお話です。といっても日本の詩は短歌、俳句、自由詩の3つがありますので、歴史の古い順からお話させていただきます。今回は主に短歌の話です。
小説は最もポピュラーな文学ですので、たまーに楽しく小説を読んでおられる方でもなんとなく小説家という人たちを知っておられると思います。しかし詩そうじゃありませんね。歌人・俳人は優雅に歌や俳句を詠んでいるイメージですが、実際は違います。特に俳人は俳壇で熾烈な権力闘争に明け暮れています。権力闘争とは無縁の俳人でも、同人誌などの句会で熾烈に俳壇の悪口を口にしています。まあ上から下までにたりよったり。ちびまるこの友蔵心の俳句とはまったく違う世界です。自由詩の詩壇は、これはもう火が消えかかったような状態です。お話すること自体、あまり気が進みませんね。
短歌・俳句・自由詩という詩の世界は多かれ少なかれ特殊ですが、文化思想的な観点から言えば小説より遙かに面白いジャンルです。小説批評は実は簡単です。誰もが一度は学校で読書感想文を書かされますが、題材はたいてい小説です。つまり小説批評はその気になれば誰でも書ける。程度の差はあれ小説を読めない人はいないのです。読書会を開いてもそれなりに盛り上がる。今、文芸誌などで小説批評を行っている批評家の文章は、読書感想文に毛が生えたようなものです。まあたいしたことを書いていませんね。
ただ詩の批評には高い読解能力と文化・文学史的な知識が必要です。しかし大半の詩人たちの精神は歌壇・俳壇・詩壇に閉じ込められています。詩を書き始めるのと同時に狭く特殊な詩の業界で御職を張るのを目的にしてしまうところがある。業界人にしかわからない暗号のような言葉、簡単に言えばジャーゴン(仲間言葉)で詩について語ってしまうんですね。詩人たちのわかりやすい現世的欲望は、詩壇を抜けられない詩人たちを尻目に自分だけ抜け駆けして、一般読書界で活躍することだと思いますが奇妙なことです(笑)。詩壇に雁字搦めになっている詩人が詩壇を抜けられるわけがない。
石川の『文壇・詩壇を斬る!』の目的の一つは小説文壇、詩壇の相対化です。文学が斜陽産業になってから作家たちは益々既存の権威、既存メディアが与えてくれる恩恵にしがみつくようになっていますが、これから文学がさらに苦しい状況に置かれるのが間違いない時代にそれは自殺行為です。作家はまず自分にとって大事な文壇、詩壇を相対化する必要があります。そうしなければ新しい文学の姿、読者の姿が見えてきません。我慢の時代ですが、いち早く今の閉塞した状況を抜け出す方法を見出した者が勝者になる時代でもあります。
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