大衆小説では土地土地の特徴を活かした作品を書く技術も必要になりますわ。土地のパブリックイメージに、実際の人々の気質や隠れた名所などを織り込んでゆくわけです。ちょっと前にNHKの『ブラタモリ』で、タモリさんが名古屋取材に行くことが話題になりましたわね。名古屋って大都市だけど面白みがない、道路が広いばっかりで、ニャーニャー言ってるだけ(失礼!)っていうパブリックイメージを植え付けたのは、どーもタモリさんらしいのよ。でもそういったパブリックイメージって、逆手に取ればじゅうぶんウリに変えられますわ。誰も知らないより、マイナスイメージでも人々の記憶に残った方がいいのよ。
最近ではマツコデラックスさんが横浜批判をしていらっしゃるわ。マツコさんは千葉出身らしいんだけど、同じ東京の衛星都市なのに、横浜がなんだかハイソなイメージをまとってるのが我慢ならないらしいの。でもマツコさん、横浜の地理に詳しいわね。スタジオに観覧に来てた女の子に「あんた何線?」って聞いて、「田園都市線の梶が谷です」という答えに「あ、川崎ね。許してあげる」っ即答していらっしゃるのを見たわよ。答えが「たまプラーザ」だと「大っ嫌いよ」と答えたでしょうし、「長津田」なら「ビミョーねぇ」とおっしゃったような気がするわ。仮想敵とはいえ、敵のことをよく研究しておられます。横浜市民でも「確かにそーよね」と笑っちゃうから許されるのですわ。
アテクシ東京生まれで横浜住みですけど、親戚が横浜方面にいたのでけっこう横浜の記憶がござーます。完全無敵のオバサンですけど、さすがにペリー来航の頃の記憶はないわね。戦争の記憶もござーませんけど、戦後の横浜の感じはなんとなくわかりますわ。山手隧道を抜けたあたりから本牧一帯が、ずーっと米軍の基地だったのね。そりゃまあ子供心にも異様な風景でしたわ。日本の国内に、しかも東京からちょっとしか離れてない場所に、フェンスで囲まれたアメリカがあったんですもの。マイカル本牧ができる前まで、規模は縮小されていったと思うけど、ずーっとあったのよ。親に連れられて行った本牧のヴェニスでピザを食べたこともありますわ。だけどゴールデンカップは車で前を通り過ぎただけね。さすがに子供が一人で入れる雰囲気じゃなかったわね。
でも大学生の頃には本牧のベースから日本のロックが生まれたことを知ってましたわ。GS時代から音楽活動をしてる知り合いがいて、彼らはアメリカ人の友達のツテで米軍のベースで演奏してたのよ。米軍ベースから始めて有名ミュージシャンになった方がたくさんいらっしゃいます。そんでちょっと驚いたことは、当時のミュージシャンの皆様って、不良と言えば不良なんですけど、意外といいとこのお坊ちゃまが多いのよ。音楽って習得するのにそれなりのお金がかかるし、楽器も高いしいきなり売れたりするのもまれだから、音楽活動続けるにはお金持が必要なの。言われてみれば当然ですけど、目から鱗でしたわ。
気を付けて見ていると、今でもミュージシャンの方って、いいとこのボンボンが多いですわ。アテクシの大好きなクレージーケンバンドの横山剣さんもそうね。それにケンさんの職歴はメチャクチャですけど、すんごいしっかり者よ。ビッグネームにおなりになったけど、自主レーベルのレコード会社を持って活動しておられます。そういうのって、とっても横浜というか本牧らしいわぁ。昔のゴールデンカップスだって、ハチャメチャ過ぎてGSブームから浮いてましたものね。東京は多様すぎて、下町くらいしかハッキリとした特徴を掬い出せませんけど、横浜はその気になれば一本筋の通った特徴を見つけられますわ。
こんなはずではなかった。市の採用試験をパスできて、これで親方日の丸、悠々自適にアフターファイブを楽しめる。ちょっぴり上昇志向の男を見つけてゲットすれば、老後の年金も保証される。そう冗談半分に喜び合った日が懐かしい。世の中そう甘くはない。
横浜市港湾局は、横浜スタジアム横の本庁舎に居場所はない。山下公園とは目と鼻の先にある産業貿易センター五階に隔離されている。(中略)
神戸に負けるな。東京、名古屋、大阪の港も懸命に追い上げてきてるぞ。物流と情報のハブ化を謳い文句に、市を挙げてあらゆる船舶の誘致に余念がない。港が栄えてこそ、横浜はある。港湾局はずっとオーバーワークを強いられている。
(真保裕一「こちら横浜市港湾局みなと振興課です」)
今月から真保裕一先生の新連載小説「こちら横浜市港湾局みなと振興課です」が始まりましたわ。先生は『連鎖』で江戸川乱歩賞を受賞なさり、『奇跡の人』や『ホワイトアウト』などの緻密な小説のヒット作もおありですから、「こちら横浜市・・・」のような軽い小説はお手のものですわね。小説冒頭できっちりと横浜市港湾局の特徴が叙述されています。東京なんかから来る人にとって横浜はデートスポットですけど、本業は貿易港なのよ。それに大都市だけど県庁所在地。そのココロは東京都庁のように潤沢な予算があるわけじゃないの。実態はほかの地方都市とあんまり変わらないですわね。アテクシ定期的にパスポートの更新に産業貿易センターに行きますけど、いつもん~って思っちゃうわね。昭和の建物よねぇ。
「人事の山川君から極秘情報がきた。喜べ。増員だよ。うちにもようやく新人が来る」
やったな。ついに念願成就だ。何よりの朗報だ。急に課員の表情がゆるみ、口々に勝手な感想を言い合いだした。
甘い。暁帆は冷ややかに受け止めた。
去年、隣の港湾管財部に配属された新人は、たまりにたまった入出港届を処理できず、半年で胃に穴を開けて入院したのを忘れたか。暁帆は身を乗り出した。
「使える子なんでしょうね、課長」
「じゃないのかな。国立大出のエリートらしいから」
嫌な予感しかしない。(中略)
「お願いです、今からでも人事にかけ合ってください。使い減りのしない体育会系に替えてもらえないか。そう思いますよね」(中略)
「生憎と運動部の経験はありませんけど、精一杯、雑巾掛けをさせていただきます」
不意打ちに振り返ると、紺のスーツに身を包んだ背の高い男が真面目くさった顔で突っ立っていた。(中略)
「初めまして、城戸坂泰成です。(中略)」
尺取り虫まがいに深く腰を折って一礼すると、最後に暁帆を見て微笑んできた。
(同)
「こちら横浜市・・・」の主人公は高校を卒業して横浜市職員(公務員)になった暁帆です。本庁舎じゃなくて、激務の港湾局配属になったっていうのがリアリティあるわよねぇ。いつも仕事に追われていますが、港湾局に念願の新人が配属されます。城戸坂泰成です。ひょろりとした優男ですが、この人、キレモノです。「こちら横浜市・・・」は8章から構成されますが、「1」で港湾局の特徴と新人城戸坂君が配属されるまでの経緯が書かれています。真保先生のような手練れの作家様にこんなこと言ってもしょーがありませんけど、やっぱ必要十分でスピーディな展開よ。こういったお作品にモタモタは禁物ね。
物語は暁帆と城戸坂がコンビとなって事件を解決し、いかにも公務員にいそうな、昼行灯のような武田所長が意外と有能だということもわかってきます。そこに就任初年度で、ニュースキャスターから市長になった神村佐智子が絡みます。まだまだ旧市長派が庁内にいて、なかなか難しい舵取りを強いられています。初回の事件はカンボジアからの交換留学生の一人が、到着翌日に行方不明になってしまうというものです。ただこのお話の顛末は、実際にお作品を読んでいただいた方がいいわね。
横浜を舞台にして、取材もなさった時点で「こちら横浜市・・・」の小説的バリエーションはほぼ無限大に保証されていますわ。産業貿易センタービルは中華街にも近いですが、あそこは古くからの華僑の街で、いまだに中国本土からたくさんの中国人が新たに働きに来ています。それに石川町は海側は煌びやかな中華街ですが、陸側は寿町を中心とするドヤ街ね。知らない人も多いけど、寿町は東京山谷、大阪あいりん地区と並ぶ大きなドヤ街なの。そこからずっと歩いて行くと、多分日本で一番お下品な風俗街がある伊勢佐木町になるわ。横浜ってコンパクトだけど、小説の舞台にはうってつけなのよ。
佐藤知恵子
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