まったり系のマンガとかアニメといったジャンルがありますわね。日常生活を描いたお作品でござーます。日常ってたいてい平穏無事でございます。でなきゃ困るのよ。お仕事にせよ趣味にせよ、平穏無事な生活でないと続かないし集中できないでしょ。だけど平穏無事って退屈ですから、安全な所にいてスリルを楽しむために次々に事件が起こるマンガやアニメ、ドラマや小説があるのですわ。
じゃ、大きな事件が起こらないまったり系のコンテンツにはどんな魅力があるのかしら。読者(需要者、消費者と言ったほうがいいかしらね)を引きつける大きな要因はノスタルジーね。学園モノや家族モノが多いのはそのせいよ。
人間にとって家族と学校はアルケーでございます。すべての始まりなわけ。だけど一直線に理想の家族や学校は存在しません。毒親とか親ガチャを除けばマジョリティにとっては楽しいことが3パーセントくらい、イヤなことがやっぱり3パーセント、どーでもいい日常が90パーセント超っていうのが普通でございます。
まったり系コンテンツはそのうち楽しいこととどーでもいい日常にフォーカスしたお作品ですわ。非常に巧妙かつ繊細な過去の再構成と言ってもいいわね。需要者・消費者は自分の過去に重ね合わせることができますからノスタルジーを誘います。このノスタルジーは過去の微妙な理想化でもありますからそれがフィクショナルな刺激になるのよ。かくありたかったと。
最近では山本崇一朗さんの『からかい上手の高木さん』が人気ね。中学生の西方君と高木さんの淡い交流を描いたマンガでございます。てかツンデレ系の高木さんに西方君が振り回されるラブコメね。連載は終了しましたが根強い人気があってアニメ化、実写ドラマ化もされました。古いところでアテクシがすぐに思いつくのは『らき☆すた』ですわねぇ。美水かがみさんによる四コママンガでございます。こちらは女子高生4人の学園モノです。
お仕事や楽しみで日本の各地を旅行なさった方はおわかりでしょうが、今や地域振興にマンガ・アニメは欠かせないものになっています。鳥取県は『名探偵コナン』の作者・青山剛昌さんと『ゲゲゲの鬼太郎』で有名な水木しげるさんの故郷ですが、JRが名探偵コナン列車や鬼太郎列車を走らせています。富山県は『ドラえもん』の作者、藤子・F・不二雄さんの故郷でドラえもんトラム(チンチン電車みたいよ)が走っています。ま、花電車なわけですが、昔と違って内装もアニメに合わせているところが現代の進化よね。
『らき☆すた』は埼玉県東部を舞台にしたマンガですが、マンガ・アニメに登場する古刹・鷲宮神社が一時期スゴいことになっていましたわ。元々地域で崇敬されていた神社ですが、『らき☆すた』効果で最盛期には50万人くらいの初詣客が押し寄せたとか。こういった聖地巡礼は日本各地で起こっています。外国人観光客も多いですね。原作は四コママンガですから大きな物語的盛り上がりはないのに不思議と言えば不思議ですわねぇ。
『らき☆すた』を例にすれば、原作が四コマですからアニメも短編でございました。アテクシが覚えているのは女子高生たちがチョココルネを食べる回ね。ほら、巻貝型のパンに、チョコクリームが入っている定番の菓子パンのことよ。
「ねぇねぇチョココルネってどうやって食べてる?」
「あたしはシッポから」
「あたしはチョコの方から」
「あたしはシッポをちぎって、チョコにつけて食べるの」
「スゴーい!」
といったふうに物語が進み、それで一回が終わりになるのですわ。女子高生の何気ない日常ですが、その含みのようなものをアニメの絵が増幅するわけです。『らき☆すた』はアニメのオープニングソング『もってけ!セーラーふく』も秀逸でござーました。
曖昧3センチ そりゃぷにってコトかい?ちょっ!
らっぴんぐが制服・・・だぁぁ不利ってこたない ぷ。
がんばっちゃ?やっちゃっちゃ
そんときゃーっち&Releaseぎョッ
汗(Fuu)々(Fuu)の谷間にDarlin’ darlin’FREEZE!!
なんかダるーなんかデるー
あいしテるーあれ一個が違ってるんるー
なやみン坊―高鉄棒―
おいしん簿―いーかげんにシナサイ
畑亜貴・作詞『もってけ!セーラーふく』
畑亜貴さんはアニソンの大家のシンガーソングライターさんですが、さすがですわー、とうなってしまう歌詞ね。いわゆる詩人さんには絶対に書けないノンセンス歌詞よ。男の作詞家様もムリね。アニソンの大作詞家様だけあって原作の理解度がとっても高いのでございます。マンガ原作はまったり系ですが、登場人物の女の子たちの内面は渦巻いている。それを畑さんの歌詞が的確に表現しています。
あ、ちなみに『らき☆すた』の主人公・泉こなたの声優さんは、涼宮ハルヒ(言うまでもなく『涼宮ハルヒの憂鬱』よ)で有名になった平野綾さんです。平野さんは『もってけ!セーラーふく』の歌にも参加しておられます。
最近ではネトフリが日本のドラマに参戦して、次々にヒット作を生み出しています。『全裸監督』や『極悪女王』『地面師たち』などが有名ね。こういったコンテンツを見ると、外資の資金力の豊富さを思い知らされますわねぇ。コンテンツを見た多くの方が思ったでしょうから言っちゃいますけど、ドラマ制作にかかっているお金が日本ドメドメのドラマとは桁違いに違うってことがわかっちゃうのよ。
ハリウッドが典型的ですが、映像コンテンツの質はその制作にかけている時間とお金に正比例するところがあります。基本、時間とお金をかければかけるほど傑作・名作が生まれやすい。もちハリウッドは歴史が長いですから、時間とお金をかけて大コケした神話的作品もあるわけですわ。
ただコンテンツに時間とお金をかける方法が常識化すると、それとは逆の方法も生まれます。いわゆる低予算映画です。ハリウッドでは古いですが『ブレア・ウイッチ』が有名ね、日本映画だと『カメラを止めるな!』、最近では『侍タイムスリッパー』が大ヒットしました。時間はともかくお金をかけなくてもヒット作は生み出せるという好例ね。もち時間とお金をかけてヒット作を生み出すのがとっても難しいのと同様に難しいですけど。
まったり系コンテンツは今のところ日本国内で人気ですけど、諸外国(たいていはいわゆる先進国ですが)での日本文化の浸透のスピードから言って、いずれ世界的支持を集めるようになる可能性が高いわね。時間とお金をかけたドラマチックなコンテンツより、まったり系の方がむしろ日本的と言えるかもしれません。将来有望なジャンルよね。
うちの高校は、生徒全員が必ず何らかの部に所属しないといけないという決まりがある。そう聞くとすごく厳しくて面倒くさそうな学校に思えるだろう。けど実態は違って、「何もしたくない人」用に適当な部がいくつか用意されている。(中略)
とはいえそれぞれの部活に人数制限があるので、全員が希望通りにこういった部に入れるわけじゃない。そこで俺は倍率の高いところを避け、でも限りなく楽そうな部活を第一希望にした。それがここ、『喫茶部』だ。そして喫茶部が茶道部や料理部と何が違うかというと、「するべきことが決まっていない」ところ。部員は何かしら喫茶に関することをしていれば、それでいい。究極のゆる部活なのだ。
坂本司「紅キャンディ」
坂本司さんの「紅キャンディ」の主人公は高校二年生のアラタです。『喫茶部』に所属していますがこの部の定義が秀逸です。「何もしたくない人」用の部で、活動内容についても「するべきことが決まっていない」。まったり系のラノベ系小説ですが、小説らしくズバリとその舞台の本質が表現されています。
「その子、すごくたくさん飴を持ってて。『私、キャンディ好きなんだ』って売ってる袋のままごそっと取り出して、テーブルの上に置いたんです。そのとき、中から缶が落ちて」
懐かしい感じの、赤いドロップの缶だった。それを拾った女子が「わたし、これ好きだったな。もらってもいい?」と聞いた。
「そしたらその子、急に表情を変えて『これはダメ!』って言ったんです」
相手がびっくりしたのを見て、その女子ははっとしたように再び表情を変えた。そして笑顔を浮かべながら、「これは個包装じゃないし、私が手を突っ込んじゃってるからやめた方がいいと思って」と言った。
同
物語はあるキャンディ好きの女の子が友だちに気前よくキャンディを配りまくっているのに、「赤いドロップの缶」だけは手を触れさせない、その中に入っているかもしれないキャンディだけは食べさせてくれないことの謎解きに向かって進みます。
ただまったり系で「何もしたくない」「するべきことが決まっていない」人のための部活ですから、その謎が大きな事件につながることはありません。あくまで日常の中で起こった小さな波であり、小さな波のまま謎は解かれます。
ホントに静かと言っていいお作品の書き方ですわ。これだけ抑揚を抑えた小説の書き方はあまりございませんわね。そういう意味で普通のラノベ小説にはない新鮮な驚きがございました。あまり目立たないですけど新しいタイプの小説かもしれませんわね。
佐藤知恵子
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