第03回 文学金魚新人賞受賞作家 原里実さんの連作短篇小説『水出先生(中編)』をアップしました。『水出先生』いいですね。石川は傑作だと思います。切迫感があります。
「先生」
わたしは呼んだ。先生はびっくりしたようにぱっと目を開けて、なんだ、もう開けてよかったの、といった。わたしはそれをきいてすこし笑う。わたしが笑ったので、先生もすこし笑った。
「先生は、がちゃ目になったことある?」
ないよ、と静かに先生はいった。僕は目がいいから、と先生はいって、そうね、知ってた、とわたしはいう。
「とっても変なの」
先生はわたしの左右の目を交互にみて、そう、といった。とっても変。
「そう、透明人間みたいなの」
「透明人間?」
(原里実『水出先生』)
『水出先生』は期せずしてなのでしょうが、ループ構造を持っており、スリップ効果を有効に使った小説です。なぜそれが効果的かというと、撞着的言い方ですが、作家がその効果を意図的に使用していないから。つまり必然性があって自然に生まれた効果だからです。
作家が一番力を持っている時期は、〝どうしても書きたいことがある時期〟です。そういう時期は一般的な文章テクニックを下まわっていても秀作が生まれますし、思いがけない高いテクニックを自然に生み出したりもします。
もちろん長く書き続けるには最初の衝動だけでは不十分です。ただ〝書きたいことがある〟という表現の核は必要不可欠です。もしそれが低いレベルでは有名になりたいとか、高いレベルでも秘密の内面を書きたいとかなら、それが達成された時点で作家の活動は実質的に終わります。
だから〝書きたいこと〟は抽象レベルの高さを持っていなければならない。それはなぜ文字で書くのかという根源的な問いかけも含みます。表現欲求が個的レベルから公的レベルに昇華されているわけで、それを把握できれば自己とは関わりのない世界や社会を題材にして、自己の世界を表現できるようになります。
■ 第05回 金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項 ■
第0回 金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項です。詳細は以下のイラストをクリックしてご確認ください。
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■