(・・・キン・コン・カン・コーン、コン・カン・キン・コーン・・・)
昼下がりのキャンパス ベンチで読書の女子学生 隣でメールを打つ男子学生
♂ アゲヒバリ・・・ナノリイデ・・・ナベテヨハ・・・コトモナシ・・・送信!さっきからなに読んでんの?その分厚いの雑誌?・・・サボりつき合わせといてさ・・・
♀ ・・・ウルサイッテ・・・漢字でかける?・・・
♂ 5月の・・・セミ?・・・あれっ、そう5月のタコ?もちろん泳ぐ方だけど
♀ ・・・ブッブ―・・・5月がわかっただけエライ・・・
♂ どうでもいいけど・・・マタヨシナオキってピース又吉のこと?
♀ ・・・ソオッ・・・お笑い芸人の小説デビュー・・・
♂ 「そろそろ帰ろかな」って又吉っぽい題だよね。じつはオレもさっきマタヨシ読んだばっかり。図書館でコピーとってだけど。どこしまったっけな・・・あった・・・「夕暮れだ逃げろ」・・・「また物真似されている」・・・「ゴマだれで幕を開けた」これって俳句?・・・五七五になってないんだけど・・・ってゆうかこれっておもしろい?
♀ ・・・おもしろいからコピーまでとったんでしょ・・・自由律っていうの・・・このまえ櫂センセイの日文概論でやったばっかじゃん
♂ セキをしてもヒトリ・・・それはいいとして又吉のデビュー作はドヨ
♀ ・・・そうね・・・なんのこたあない又吉一家の思い出話なんだけど・・・変なお父さんが出てきて家ん中さんざかき回して又吉もかき回されて・・・あげくお父さんと又吉とでオキナワまで飛んでっちゃう・・・支離滅裂だけど・・・でもなんか芸人又吉っぽいのがいいのよね・・・
♂ けっこう気にいった?・・・でもそれって私小説じゃね?
♀ あんたねえ私小説って簡単にゆーけど・・・ワタクシはともかく小説になるってのは簡単じゃないのよね・・・あんたにも分かるようにいうと・・・セカイを立ち上がらせるっていうか・・・ワタクシのセカイのお話じゃなくて・・・セカイであるアテクシのお話ってこと・・・ねえ、わかったあ?・・・
♂ チンプンかんぷん。で、ケッキョクどこが良かったワケ?
♀ 保育園児の又吉とおばちゃん先生との会話・・・読んでみっから聞いててみ・・・
「今日、僕な、おしっこ6分でたで」「6分もでたら大変やで」おばちゃん先生が遊戯室を片付け始めた。「ほんまにでてん。僕の家族みんな無茶苦茶おしっこでんねん」おばちゃん先生の後ろを僕は付いて歩いた。「6分もでたらトイレ溢れてまうよ」「うん、ちょっと溢れてたで、でも父さんはもっとでるで」「もっと?」「うん」「どれくらい?」「3メートル」「3メートル?」消防車も箱にしまわれた。「そう、消防車」「消防車?」「違う、3メートル」消防車を見ていたら意識を持って行かれて、思わず消防車と言ってしまった。パートのおばちゃん先生が笑ってくれたので会話はなんとなく終わった。
♂ ネタやな。あと大阪弁の勝利やな。
♀ 何気ない会話だけど・・・消防車が出てくるあたりすんごい・・・俳句で取り合わせってのがあるんだけど・・・関係のない言葉同士を並べるんだけど・・・付かず離れずでちょうどいい具合に無関係だと・・・なんか味が出るんよ、俳句に。それとおんなじでここのおしっこと消防車って・・・取り合わせの味が出てると思わへん?
♂ うううううん・・・そうか、消防車もおしっこもホースから水が飛び出る!
♀ ばーか・・・バカつながりでいうと・・・このお父さんがほとんどバカボンパパなんよね・・・又吉とお父さんでこわれたイスの脚を修理してるとこなんかトクニ・・・
「秋になると寒くなるやろ?冬は冬眠せんと動物は死んでしまうんや、だから」「どういうこと?」いまいち意味がわからない。「ほとんどの生き物が冬に死ぬねん、それを覚えてんねん」お父さんは他の脚も補強し始めた。「僕も冬に死ぬん?」全員冬に死ぬのだろうか?「もう、わからん!」怒鳴り口調でお父さんが言ったので僕は黙った。お父さんはよくわからないことがあると機嫌が悪くなるので、黙ることにした。
♂ 知的幼児虐待・・・あくまでも知的。又吉っていくつ?
♀ 1980年大阪生まれって・・・32歳・・・ひとまわり上ってことか・・・
♂ ひとまわり?ああ12歳ね。思い出にふける歳じゃあないだろ。
♀ だから私小説なんじゃない・・・日記でもないし、告白文でもない・・・小説としかいいようがないんだよね・・・ほとんどの生き物が冬に死ぬことを覚えているんだっていうけど・・・おもしろおかしい場面なんだけど・・・いってることは結構怖いよね・・・その後の又吉少年のせりふ・・・「僕も冬に死ぬん?」・・・頂点真ッサカサマ・・・
♂ ここがセカイであるところのワタシのオハナシってわけね・・・メデタシメデタシ。
♀ でもメデタシメデタシで終わらんのよこの小説・・・いきなりお父さんとお母さんが別れたらどっち付くっていう展開になんのよ・・・しかも行きがかり上なんだけど・・・じっさいにお父さんと又吉と二人で飛行機乗ってお父さんの実家のある沖縄まで行っちゃうのよ・・・その沖縄のお話がまたすんごいことになってるんだって・・・
♂ オオサカVSオキナワみたいな?文化と文化の大げんかみたいな・・・
♀ アタリ・・・半分だけだけど・・・大阪文化VS沖縄文化ってオオゲサになんないのが又吉ね・・・又吉にとってはディテールが命なんよ、たとえば墓参りの場面・・・
「村の神様に報告し、墓を開けて貰うんだよ」そう言っておばあちゃんは僕に微笑みかけた。お父さんはどんどん草を刈り道を作っていった。僕もその辺の草を手でちぎったりして協力していたが、勢いよく草を引っ張ると手が滑ってしまい切れて血が出た。余計なことを勝手にして失敗したことが恥ずかしく、お父さんとおばあちゃんにばれないよう手を握って隠していた。お父さんは夢中で草を刈り続けていた。現実感がないとても不思議な時間だった。
♂ 「天狗のお面で待っているが誰も来ない」・・・BY又吉
♀ ・・・まあまあの取り合わせってとこかな・・・
♂ 手から血が出てるのを、親に隠すなんて、なんか屈折を感じちゃうよな・・・
♀ んー、その屈折が、お笑い芸人と小説家を両立させるんじゃない・・・でもどっちが先だったんだろね・・・お笑いと小説・・・ニワトリと卵じゃないけど・・・
♂ 人生の機微ともいう、でも、芸人と作家の取り合わせって今っぽいかも
♀ これはどうかな・・・沖縄の実家の地面に置いたドラム缶風呂から出る場面・・・又吉美学全開のところなんだけど・・・
まず、右足はあきらめて地面を踏む。だが、もう片方の左足は大事にゆっくりと浴槽から出して、空中に浮かせたままの状態でタオルでふいてしまう。そして、そのまま一度も地面を踏まないように靴をはく。そして汚れた右足にドラム缶のお湯をぶっかけて空中で拭き、そのまま靴をはく。こうすれば両足共にきれいだ。
♂ 「幹事の死角に入る」BY又吉・・・段取り好きなんだよね、結果よりもプロセス・・・
♀ ・・・でも又吉は子供なだけに異文化に溶け込むんが早いんよ・・・で、そのプロセスなんだけど・・・久しぶりの帰郷で一家のヒーローになっちゃったお父さんと衝突するわけ・・・親類の大宴会でお父さんと踊りを競い合った挙句・・・又吉が受けちゃったのよ・・・
♂ さすがに芸人だけあって、そこんとこは小説でもゆずれないわけね
♀ ・・・吉本と大阪の血よね・・・
すると、お父さんは僕に「あんま調子に乗んなよ」と信じられない言葉を冷たく言い放った。嘘やろ。僕は恥ずかしさで、自分の顔が赤くなるのがわかった。僕はまんまと打ちのめされた。確かに僕は調子に乗っていた。信じられないくらい調子に乗っていた。でも、それは言うたらあかんのちゃうん。お父さんは僕が自分よりも目立ったことが許せなかったのだろう。最低や。本間にこいつは最低や。
♂ 「無邪気に出された舌が汚い」・・・BY又吉
♀ このあとにつづくお父さんへのバトウがまたすごい・・・一気に読んじゃう・・・
もどかしい。こいつは、不器用なくせに狡猾で、照れ屋のくせに目立ちたがり屋で、馬鹿にされたり尊敬されたり、単純な生き物のようで掴みどころがなく、下手糞で、不格好で、嫉妬の塊、向上心の欠片もなく、自分のことしか考えていない、優先順位は常に欲望に任せ、理性が介入する余地は少しもない。そのくせ、純粋という言葉によって守られたりしている。ほんまに腹立つ。
♂ すげえ気持ちわかる・・・おれにもおぼえある・・・近親憎悪ってヤツ・・・好きだからこそ言っちゃうみたいな・・・押さえがきかないんだよね・・・
♀ でもね・・・これって小説の中では保育園にかようガキのはずだよね・・・そんなガキがこんなこと考えちゃう?・・・んなわけないジャン・・・だとしたら・・・
♂ だって回想なんだろ・・・子供の頃を思い出して今考えるとってわけじゃん
♀ ・・・そうかなあ・・・ここって、お父さんのこといってるようにみせて・・・じつは又吉が自分に向かっていってるような気がすんのよね・・・自分で自分を罵倒してるっていうか・・・うまくいえないんだけど・・・
♂ 「もう会わないというふりだから待て」みたいな・・・BY又吉・・・くどいか・・・
♀ 自分のことっていうより、この小説自体にドクづいてるっていうのかな・・・
♂ 自分で書いた小説をその小説の中でこき下ろしちゃうってワケ・・・それこそ「福神漬けと同じ色のカーディガンで来た」だよな・・・BY又吉・・・もうやめよう・・・
♀ ・・・ううん、なんかそんな感じに思えちゃうくらい・・・つまりね、ここまで書いてきたところで振り返ってみたら、いかにも小説っぽくなっちゃってるのに気づいたわけよね、そしたらさ、なんか無性に腹が立ってきちゃって、こんなのいくら書いたって、お笑いよりオモロナイワって思っちゃって、そんでもってブチコワシタクなっちゃったみたいな・・・考えすぎよね・・・
♂ なんか少し分かったようなきするな・・・つまり・・・又吉はほんとはもっとドクっぽい小説を書きたかったんじゃないのかな・・・お笑いってさ、毒があるほうが心の底から笑えるじゃん・・・又吉もそうしたかったんじゃないのかな・・・
♀ ・・・ちょっとフカヨミ・・・だけど2重構造になってるのよきっと・・・セカイというワタクシのなかにいる・・・思い出されている私と・・・思い出しているワタシ・・・ホントはそんな複雑な構造の小説を書こうとしたんじゃないかな・・・
♂ でもまだ処女作だし、っていうことを編集者にいわれちゃったりして・・・
♀ そうよきっと・・・だって最後に突然お母さんが笑顔で沖縄に現れて・・・スベテヨハコトモナシだなんて・・・無理矢理ハッピーエンド・・・できすぎよね・・・でも、なんか、又吉って、すんごい作家になったりして・・・
(・・・キン・コン・カン・コーン、コン・カン・キン・コーン・・・)
♀ ツギ、バク先生の小説特講とってるよね・・・終わったら先生にきいてみよっと・・・
♂ なんて?バク先生みたいな有名作家が、ピース又吉なんか知ってるかよ・・・
♀ だってバク先生、別冊で連載やってるもん・・・きっと乗ってくるかもよ・・・
♂ このハイクのタイトルもすんごいし・・・「人をポエムって言うたお前がポエムや」!
設楽哲
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■