第2回 辻原登奨励小説賞受賞作家・寅間心閑(とらま しんかん)さんの連載小説『証拠物件』(第05回)をアップしましたぁ。第三章前半です。寅間さんの小説にはリアリティがあるなぁ。ポスト・モダニズムetcといった現代性とはほぼ無縁ですが、今も昔も変わらない小説ならではの強いリアリティが溢れています。
清美の親父が自殺未遂。
俺は、自殺なんかする奴は放っておいた方がいいと思ってる。別に興味もない。死にたい奴は死ねばいい。一番嫌いなのは、自殺未遂の経験を他人に話してるようなクズだ。黙って死ねばいい。人間黙っていられない瞬間だってたしかにあるが、死にたい奴にそんなことを言う資格はない。本末転倒だ。
しかし、清美の父親の場合は違う。
俺たちがあの計画をたてなければ、自殺なんて考えもしなかっただろう。それは、俺たちが殺した、いや未遂だから俺たちが「殺そうとした」と言い換えられるんじゃないか。
その考えはずっしりと重かった。
(寅間心閑『証拠物件』)
念には念を入れて確認しておきますが、これは小説の一節です。ネット上でしばしば為されるような、無署名の無責任な発言ではありません。フィクションですが、作家は主人公の内面描写を通して、無頼に流れがちなある若者の心理を真正面から引き受けている。それがこの小説の強いリアリティを生み出しています。つまり自分がしでかしたトラブルを無責任に放りだし、逃げ出して何事もなかったように知らん顔をしたがる人間心理を重々理解した上で、作品はある倫理を模索しようとしているといふことです。
このような心理描写はなかなか難しい。作家がある満足感を得ると綺麗サッパリ消え去ることもある。ツイッターやブログで熱心な、だけどほんの一握りの理解者に囲まれただけで、棘が抜かれてしまふ人も多い。プロは自己のフラストレーションを原初のまま保持し、それを何度でも繰り返すことのできる方法として確立した人でもあります。
先日イチロー選手が3000本安打を達成しましたが、子どもの頃、「お前、プロになるんだって?」と近所のオジサンにからかわれた話しをしていました。そのオジサン、今頃「俺、昔、イチロー知ってたんだよ」と自慢していると思いますが、イチロー選手にとってはそのような〝屈辱〟が未だにファイティングスピリッツになるらしひ(爆)。もちろんモチベーションの保ち方は人それぞれ。でも満足したら終わりです。
■ 寅間心閑 連載小説『証拠物件』(第05回) pdf版 ■
■ 寅間心閑 連載小説『証拠物件』(第05回) テキスト版 ■
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