田山了一さんのTVドラマ批評『No.074 マッサン』をアップしましたぁ。もうすぐ感動のフィナーレを迎えるNHKさんの朝の連続小説です。日本語がしゃべれないアメリカ人俳優ケイト・フォックスさんを起用して、日本での生活や日本語習得の様子にリアリティを持たせようとした意欲作です。日本外国特派員協会でケイトさんへのインタビューがあったときに、NHKのプロデューサーさんがそう話していました。実際大変だったと思います。お疲れさまでしたぁ。
田山さんは「「マッサン」や「ごちそうさん」の視聴者と「あまちゃん」の視聴者が、ある程度は重なっているのは当然だとしても、それを評価する中心の層が重なっているとは思えない」とした上で、「「典型的な朝の連ドラを欠かさずに観る、典型的な視聴者」といったものはイメージに過ぎず、誰も自身がそういった範疇に加わるとは思っていない。ただGoogleや Amazon がしているように・・・典型が存在せず、誰もがユニークであるのに、トータルとしては “ 数字 ” として把握可能なのだ」と書いておられます。現代人の動向はユニークなように見えて、マスとして捉えられるわけです。
良くも悪くも市場はマスのことです。マスを捉えられなければニッチ(隙間)市場も存在できなひことになります。ほんでこのマス市場は更新されながら厳然と存在し続けている。田山さんがお書きになっているように、「マーケット自体、多くのメンバーが出て行き、また入ってくる」わけです。このマスを文学の市場でどう捉えたら良いのか、不肖・石川、ん~と考えこんでしまひました。詩壇のマス市場は自費出版をいかに効率良く集められるかといふ出版社の能力だなぁ(爆)。小説の場合は更新と差異化がキーであるわけですが、こりが難しひ。現状では〝売れる小説をどう書くのか?〟といふノウハウ本の方が、もしかすると純文学小説よりも売れかねない模索状態でありますぅ(爆)。
■ 田山了一 TVドラマ批評 『No.074 マッサン』 ■