ラモーナ・ツァラヌさんの連載エセー『交差する物語』『No.013 咲』をアップしましたぁ。今回ラモーナさんは、ルーマニア語の”haz de necaz”(ハズ・デ・ネカズ)、日本語訳では「大変な時にこそ笑う」という意味の言葉について書いておられます。
「大変な時にこそ笑う」といっても、ラモーナさんによると、ルーマニア人はそんなに陽気な人たちではなひそうです。どちゃらかといふとネガティブらしひ。ラモーナさんは「英語のフレーズ、「ガラスに飲み物が半分入っているか、半分しか入っていないか」でいうと、半分しか入っていないと答える人が多い」と書いておられます。
でもそれだけでは済まないのが人間の面白いところで、悲嘆(シニシズム)が頂点に達すると、ルーマニア人は笑い始めるらしひ。ラモーナさんは「どうしても笑えない状況も多々あるのだが、希望を呼び寄せるために、少しでも笑ってみるのが手っとり早い対策である。・・・物事が落ち着いて、人が幸せになったら、もう無理して笑わなくてもいい。というような考え方もあり得るかもしれない」と書いておられます。これもルーマニア人気質の考え方かな(爆)。
んで不肖・石川、今回のエセーはとてもよい出来だと思います。エセーの書き方の基本の一つは〝下げて上げる〟ことです。一番つまらんエセーは自慢ですな。煌びやかな生活をする(見せる)のもお仕事の内の芸能人でない限り、うまいものを食った、いいお洋服を買ったぢゃエセーにならんわけで、〝だけど○○だった〟が必要です。高価な服を買ったけど似合わなかった(人に笑われた)、でも○○を発見したといった展開です。
ラモーナさんはルーマニア人はネガティブだと書いておられますが、それがポジティブな「笑い」に反転する機微を明らかにしておられます。特定の民族文化気質を書きながら、そこに人間存在の普遍的姿を見出しておられる。またそういった気質がエミール・チョラン(エミール・シオラン)を生んだと書いておられます。
石川は、「絶望にこれほど多くの段階やニュアンスの豊かさがあったとは、チョランの著書が出るまで誰も考えなかっただろう。面白いことに、彼のニヒルな世界観はまずフランスなどで大受けしてから、後にフランス語からルーマニア語に翻訳され、母国でも広く読まれるようになった」といふ文章を読んで爆笑してしまひました。ルーマニア人気質とシオランの関係、それにあの、わけのわからんものであればあるほど大喜びで評価する傾向があるフランス文化との関係が、鮮やかに描き出されています(爆)。
ラモーナさんのエセー、じょじょに調子が出て来たやうです。サラリと読めて心に残る、ほんでプチ知識も身につく。良質のエセーの醍醐味でありまふ。
■ ラモーナ・ツァラヌ 連載エセー 『交差する物語』『No.013 咲』 ■