ラモーナ・ツァラヌさんの連載エセー『交差する物語』『No.010 心への窓』をアップしましたぁ。今回はルーマニアの宗教のお話です。ラモーナさんは「東欧の国々だけではなく、ヨーロッパ全体について何かを語ろうとすると、ある段階から必ず宗教の話に入らざるを得ない」、「ルーマニアの場合、外国から来た人が一番よく選ぶ観光先はやはり教会だ。・・・外国の観光客がルーマニアの教会を訪ねる時は、「異国」のものを見たいという気持ちよりも、「過去」を覗いてみたい気持ちの方が強いのではないかと思う」と書いておられます。
不肖・石川が説明するまでもなひ話なのですが、キリスト教世界には西ローマ(後のヴァチカン)と東ローマ(ビザンチン)がごぢゃりました。んで東ローマ帝国は1453年にオスマン帝国のメフメトⅡ世によって滅ぼされてしまふ。今のトルコになったのですな。ただヴァチカンより東ローマの方が歴史が古いこともあり、ビザンチン様式は主に東欧諸国に受け継がれました。実際ラモーナさんが写真入りで紹介しておられる教会は16世紀頃の建築ですが、ビザンツ様式なので古く見える。観光客が「「過去」を覗い」たような気になるわけです。ルーマニアといふ国名自体、ロマーニア、つまりローマ人の国といふ意味です。
ラモーナさんは今回のコンテンツで、クルテア・デ・アルジェシュ聖堂にまつわる人柱伝説を紹介しておられます。大工の頭領マレノが天使のお告げを受け、身籠もった自分の妻アンナを教会の土台の壁に生きたまま封じ込めてしまふのです。この伝説についてラモーナさんは「人々は、共同体のために大事なことを成し遂げたい時には、神の協力を得るための犠牲が必要だと信じていた。しかし・・・それだけではない。物語には、犠牲の上に建てられた教会が美しいのは当たり前だというようなメッセージも織り込まれている。つまりここでも美学と聖なる物の世界が結びついているのだ」と書いておられます。
また「信仰の枠組みの中で美の意識を養われた人間の場合、美の追求の裏には聖なるものへの理想があるのではないだろうか。・・・宗教の世界に対して色々な疑問を抱いても、信仰本来の形には人間が根本的に大切にしているものがある。そのような根本的価値を見捨ててはいけない」とも論じておられます。その通りでせうね。ラモーナさんが指摘された精神構造は世界中の文化共同体で見られます。ただ宗教が基盤になると、共通理解項と絶対に理解不可能な部分の二つに分かれることが多い。ただどちらもある共同体固有の文化を生み出すためには必要です。文化が多様でなければ人間の精神活動は止まってしまふでせうね。
■ ラモーナ・ツァラヌ 連載エセー 『交差する物語』『No.010 心への窓』 ■