りょんさんの詩誌時評『No.018 角川『俳句』 2014年11月号』をアップしましたぁ。大特集「角川俳句賞の60年」が組まれております。「角川俳句賞のすべて」という付録も付いておりますな。小説文芸誌でもときおり読み切り短篇小説集などの付録付きがありますが、俳句・短歌誌では俳句・短歌手帖の付録が定番です。ポケットに入れておいて、句や歌が思いついた時に書き付けるための実用品です。
りょんさんは、「付録が「角川俳句賞のすべて」ちう小冊子で・・・割とハマっているというのは、読者の関心の中心がつまるところ「角川俳句賞のすべて」にあるということと、なおかつ編集部がそう認識してるということに他なりませんな。もっとも文芸誌も詩誌も、買うのは新人賞応募者くらいなのは常識なんだけど、小説誌はまだそうぢゃないという格好をしている。角川俳句の方が、そこんとこ正直で割り切ってて、恐れ入りました感を感じようと思えば可能なわけ。よーするに啓蒙ツールなんだから、皆買うように、とな」と書いておられます。ま~その通りでせうね。
石川が見ていても、俳句界って割とストレートで正直な風土だと思います。とにかく俳句初心者啓蒙に全力を注ぐ、いろんなやり方で俳句について教える、ほんでそのご褒美(到達点)として賞(小学生俳句賞から大人向けまで大小無数の賞がごぢゃります)を設定する、といふ道筋が見えまふ。なんでこんなにストレートで正直なのかといふと、賞を受賞しても俳人の環境はさして変わらないからでせうねぇ(爆)。
もし俳壇でリアルな利権があるとすれば、テレビ、新聞、雑誌などの俳句選考欄撰者でせうね。それなりの定期収入になります。でもま、新人賞くらいでそういった撰者の職に就けるわけではございません。大結社でまず滅私奉公しなくっちゃね。ほんでもって結社は一握りの大結社を除いて、トントンか赤字がほとんどぢゃないかなぁ。また俳句雑誌を始めとする文芸誌に書いたって、原稿料などしれています。
他人から認められるのは誰にとっても嬉しいことですが、俳句や短歌、自由詩といった詩の世界では、賞をいただいても〝大勢に影響ナシ〟といふ場合がほとんどです。本が売れるわけでもないし、原稿依頼があってもたいていは一過性で終わります。ですから詩人さんたちは常に、賞をいただいた後のことを考えておかねばなりまへん。
俳壇にはたっくさん賞がありますが、結社賞以外はその後のメンテをあんまりしないんだなぁ。例えば角川俳句賞をいただいたら、一年くらいはガシガシ雑誌に書かせてもらえるとかいふご褒美の方が、賞金なんかよりもずっと作家にとっては有益ではなひかと思います。もちろん俳人が、書きたい事柄を持っていればの話ですが。
■ りょん 詩誌時評 『No.018 角川『俳句』 2014年11月号』 ■