谷輪洋一さんの文芸誌時評 『 No.002 早稲田文学第 5 号 2012 年 09 月 』 をアップしましたぁ。『早稲田文学』 は紙媒体では定期刊行されないせいか、たまに雑誌で出ると盛りだくさんの内容です。谷輪さんはその中で 『オオエからハルキへ』 といふ特集を取りあげておられます。いうまでもなく大江健三郎さんと村上春樹さんに関する特集であります。
不肖・石川、だんだん人間が古くなってきたタイプの人類に属していますので、大江さんも村上さんもけっこう読んでおります。1980年代くらいまでの感覚で言えば、『大江健三郎がノーベル賞だぁ? 村上春樹がノーベル賞候補作家だぁ? そりゃなんの冗談かね』 ってことになるかもしれません。しかしそれが現実なんです。確かに世界は変わったのだと思います。
春樹さんの小説は読んでいて実に心地よいです。たいていの場合、主人公は裕福で頭がいい。なにひとつ不自由のない生活をしている。平穏な生活を乱されることなんてちっとも望んでいません。でも事件は起こるんですね。向こうから事件が飛び込んでくる。それもすんごく素敵な女性なんかが、突然 『助けて!』 って叫んで駆け込んでくる (笑)。
主人公はしかたなく事件につきあいます。だって主人公なんだもの。世界は〝彼〟を中心に廻ってるんですから。そんでウイットに富んだジョークを飛ばしながら、彼は深みにはまっていくわけです。小説の結末がどうだったのか、たいていの読者は忘れていると思います。そんなの意味がないから。世界中が〝彼=わたし〟に注目していることが一番重要なのだと思います。世界が注目している中で〝彼=わたし〟が孤独に陥れば、小説は終わりを迎えます。それが〝彼=わたし〟の本当の姿なのです。
そんで不肖・石川は、春樹さんの小説をけなしているわけでは決してないのであります。むしろ春樹さんの小説は大好きです。あ~またこのパターンか~とか思いながら楽しく読んでいます。確かに彼は時代のアトモスフィアをつかまえています。学ぶべき点はそこなんでしょうね。
■ 谷輪洋一 文芸誌時評 『 No.002 早稲田文学第 5 号 2012 年 09 月 』 ■