ミステリー小説大特集。ミステリーは好きかも。どの作品も、それなりに楽しく読める。
と、妙なところで蹴つまづいた。「ブックガイド 人気女性作家たちが贈る『ミステリーを読まないあなたへ』」
「あなた」というのが女性とはかぎらない。だが、わざわざ女性作家たちにガイドさせる以上、やっぱり女性読者たちをミステリーへと導こうとしているのだろう。なぜ女性たちはミステリーを読まないのか。女性たちが好むミステリーには、どんな要素があるのか。などと考えてしまった。別にそんな必要もないのに。
さらにそこでガイドされている作家たちが、女性がミステリーに惹かれる「本質的な何か」を示しているかどうかというと、ちょっと疑問でもあった。松本清張や森村誠一が面白いのはわかる。けれども、それらを手に取り、楽しめる女性はもともと守備範囲の広い読書家なのであって、別にここでガイドされなくたっていいんじゃないか。
そしてもうひとつ気になるのは、女性向けとなると、いわゆるミステリーの要素に、女性が喜びそうなオマケをくっつけるという発想に陥りがち、ということだ。オマケは登場人物のキャラクターだったり、女性らしいおしゃべりだったり、ステキな空間だったりする。で、肝心の「謎」がそれにともなって陳腐なものになってるのに、だーれも言及しないのは、まさしく「謎」。やっぱ女って、なめられてない?
もちろん女性らしいおしゃべりやステキな空間が、それ自体でミステリー性を損なうわけじゃない。むしろその吞気さや日常性が、逆にサスペンスとして働くこともあるし、女性ミステリーはそうでなくっちゃ。たとえばジョイ・フィールディングの傑作『優しすぎて、怖い』(文春文庫)。「晩春の午後、ジェーンはミルクと卵を買いに出かけ、自分が誰だかわからなくなった。」で有名なベストセラーですね。軟禁されたジェーンが自宅から逃げだそうとするところを読んでいるとき、たまたま大音量で電話が鳴り、あたしゃ文字通り飛び上がりましたよ。
女性が喜びそうなキャラクターってのも、何ですかね、イケメンの執事とかって少女マンガ的な発想になりますかね。パトリシア・ハイスミスの作品はすべて素晴らしいし、女性ファンも多いけど、主人公はたいてい強烈な自我を持った男で、女性読者に媚びるような設定は一切ない。『水の墓碑銘』(河出文庫)とか。
まあ、こういう名作はもともと女性に人気なので、今さら紹介する必要はなかったか。頼まれもしないのに、余計なブックガイドをしただけのようで。これはまた失礼しました。だけどそれなら、これらもとより女性から高い評価を受けている作品を分析した方が、出版マーケッティングの足しになるのではなかろうか。
思うに、女性がミステリーを読まないのは、論理を追いかけてゆく頭がないからではなく、その論理の行き着く先が自分にとってあまり意味も価値もない、と直観しているからだ。
フィールディングやハイスミスの「謎」は、その答えが「愛」とか「無意識」としか呼びようのない深いところに沈められている。それが浮かび上がる瞬間の、言葉にならないぞーっとする感覚。女性好みの設定があろうとなかろうと、また読者が男であろうと女であろうと、そもそも本来、そんな謎でなきゃ解く意味なんかないよ。
長岡しおり
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■