小説すばる様は、編集方針が比較的ハッキリしていらっしゃいます。基本的には流行作家さまのペースメーカー雑誌ね。小説界に限りませんが市場訴求力のある売れっ子は限られていますから、文芸誌でも取り合いになるのよ。ですから売れっ子作家様を引き止めておくために雑誌と連載のセットが必要になるわけ。小説すばる様のメインはだから連載作品ということになるわ。時代小説から推理モノ、恋愛モノと盛りだくさんよ。ほぼ大衆小説の全ジャンルを網羅しておられます。
じゃあ売れっ子作家様しか登場しないのかといえば、そんなことはないです。新人作家様も積極的に登場させておられます。でもま、ちょっと特徴がわかりにくい文芸誌ではあります。強いて小説すばる様の特徴を言えば〝荒っぽい〟ということになるかしらね。盤石の流行作家様の連載は雑誌の特徴にはなり得ませんから、新人作家様の起用方法がどうしても雑誌の特徴に見えちゃうわけ。その器用方法が思いきりがいいと言いますか、荒っぽいの。そういう意味では新人作家の登竜門として小説すばる様はいいかも。
流行作家様はいろんな雑誌に書いておられます。月に300枚くらい書くことも珍しくありませんから、日頃から長編、中編、短編小説用のネタを探しておられる。当然一作ごとに全力投球することはできませんからアベレージで評価が決まってゆくことになります。コンスタントに面白い物語が書ければレギュラー定着ってことよね。当然ですが大衆小説誌では、新人作家様は次代の流行作家になることを求められます。だから比較的ポンポン小説を掲載させてもらえますわ。それに耐えられる筆力とアベレージを残せるのかが実力ってことになりますわね。
ただ会社で入念に就職面接して社員を採用しても、新人の実力ってなかなか本当のところはわかりませんよね。企業によっては試用期間を設けたりもしますが、その間は新人さんも頑張りますからねぇ。試用期間が一年とか二年とかならまだしも、数ヶ月じゃねぇ。ですから面接の意味を理解していて、それをキッチリ踏まえてプラスアルファを主張できる新人さんを採用するわけ。お約束を守れるのが第一の関門ね。無礼講みたいな面接をしてもたいてい失敗するわね。スーツ着させて横並びで面接した方がリスクが減るのが普通です。
それと同じようなことが小説の新人作家についても言えます。新人賞受賞作家様はたいていは一定のルールをクリアしています。小説新人賞に求められるコードを理解しているってことね。本当の勝負というかスタートは第一関門をクリアした後に来るわけですが、第一関門の設定の仕方にメディア側の特徴が出たりするのよ。
小説すばる新人賞受賞作家に限定してというわけではありませんが、小説すばる様の新人作家の起用方法は好きにやらせる方式の大胆なものですわね。それぞれの作家に得意な作品を書かせている感じ。つまり小説すばるが求める小説の枠ってものがあんまりないの。ちょっと玉石混淆って感じになってるわねぇ。
でもこれは新人作家にとってはとっても楽なことね。だけど反面、あとあと大変になるわ。枠がない、自由にやれるってことは、規範がないってことでもありますから。そういう意味でも小説すばる様の新人起用法は乱暴で大胆な感じがしますわ。でも作家様はいずれ自分の世界を確立しなければならないわけですから、最初に枠を課せられ雑誌好みの作品の書き方を叩き込まれるよりはいいですね。
最初は偶然だった。
インスタグラムのアカウントは、果歩も数年前から持っていたものの、投稿したことは一度もなかった。(中略)
先週、タップを誤ってインスタグラムを開いてしまい、ついでだからと気まぐれに検索アイコンを押した。(中略)
面白かった。(中略)
この人たちの真似をしてみよう。
不意にそんなことを思いついた。(中略)でも、長いこと怠惰な生き方を続けてきたせいで、自分一人では何も決められなかった。インスタグラムは羅針盤だ。その人になりきることで、自分に興味があるものが見つかるかもしれない。飽きたら止めればいいだけのことだ。
目をつむってタップし、選ばれたのが「ヨッピ―」だった。大学で人類学の授業を受けて、学生食堂でチキンステーキを食べるだけの内容だったけれど、紡がれた言葉には若さとエネルギーが溢れていた。写真に有名な校舎が写っていたので、彼女が早稲田大学の学生だと分かった。
相川英輔「さかさまの洗面器」
相川英輔先生の「さかさまの洗面器」の主人公は三十一歳の水嶋果歩です。短大を卒業して銀行で働いています。学生時代に付き合っていた彼はいましたが、就職して忙しくなると自然消滅してしまった。今では休日に出かけることも少なくなり、ずっと家にこもっているような生活です。もちろんこれではいけないというかすかな焦りはあります。そんな果歩が行い始めたのが、インスタグラムで楽しげな毎日を送っている人の真似をすることでした。ランダムにインスタグラムを選び、そこに載っている行動を真似してみるのです。
ただそんな果歩の生活が安泰というわけではありません。銀行はオンライン化の影響で支店の統廃合が進んでいて、五年後には全員が苛酷な総合職扱いになると決まっています。果歩は一般職ですが支店長から総合職に就くかどうか決断するよう迫られています。しかし果歩は決められません。どうするんだと支店長に迫られても黙っているだけです。
また果歩は銀行で、お局様のような先輩にきつく当たられています。なにかというと小言を言われる。果歩の仕事は窓口業務ですが行内のアクアリウムの魚たちの世話をするのが仕事中の生き甲斐になっています。中でも仲よさげなクマノミのつがいが好きで、密かにアダムとイブという名前までつけています。果歩の生活は社会全体の大きな変化によって実は根底から揺らいでおり、しかし彼女はなんら行動を起こさない。果歩の生活を変えるかもしれないきっかけは、インスタで他人の真似をすることしかないわけです。
「待って待って。『漂流教室』を楽しめたなら、この前薦めた『イアラ』も絶対読んだほうたいいって。個人的にはあれが楳津作品の最高峰だから」
「もう足が疲れたの」(中略)
「じゃあ、俺、自分用に持ってるから今度貸すよ。何号室に住んでるの? バイト終わったら持っていくからさ」
「えっ?」驚いて聞き返す。
「あっ、そうか、言ってなかったね。俺、同じマンションに住んでるんだ。前からちょくちょく見かけてたから、俺は一方的に知ってたんだけどね」
ぞっとして一歩身を引く。(中略)
「ああ、そういうこと。大丈夫大丈夫」と彼は気楽に答えた。
「だって、俺、そこで彼女と同棲してるから。さすがに同じマンション内で浮気はできないっしょ。俺は恭子さん一筋だから、そこは安心してよ。なんなら恭子さんと一緒に行くからさ」と笑った。
同
果歩はインスタで、古本チェーン店で楳津かずおの『漂流教室』を全巻立ち読み読破したというアカウントを引き当て、近所のチェーン店に出かけてゆきます。そこで実際に『漂流教室』を立ち読みするのですが、アルバイトの三好青年が声をかけてくる。なれなれしいというか気さくな青年で、熱心に『漂流教室』を立ち読みする果歩に、それなら楳津の『イアラ』も読んだ方がいい、貸してあげると言います。三好はたまたま果歩と同じマンションに住んでいるから顔を知っているのでナンパじゃない、自分は恭子という女性と同棲しているから安心して、と言ったのでした。
小説構成のための基本的要素が出揃いましたね。果歩の生活は単調ですから、インスタ繋がりのアルバイト青年、三好の登場によってしか変わりようがない。またその変化は男女問題をベースとすることになるのか、銀行の業態改革による仕事上の激変が原因になるのか、そしてその落とし所をどこに持ってゆくのかが、作家の腕の見せ所になります。物語要素だけ見れば、残酷小説にもハピーエンド小説にも転がすことができます。
また現代モノ小説では基本、現代風俗(インスタなどなど)を取り入れて人間の言動を描いてゆきます。どんな現代的要素をベースにするのか、それを使った落とし所にそれなりの一貫性あるのかが、それぞれの作家の個性ということになるわけです。
佐藤知恵子
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