長岡しおりさんの文芸誌時評『No.111 小説すばる 2017年8月号』をアップしましたぁ。長岡さんは小説すばるについて、『相変わらずの健康そうな様子が頼もしい。健康そうとは、よく肥えているとか、顔色がよい、元気がある感じとかだ。これは凡庸な褒め方みたいだけれど、年々貴重な特長になっている』、『必要な要素はすべて賄えているような、開かれた自給自足は言うまでもなく経済的な裏付けがなければ不可能だろう』と批評しておられます。石川も同感です。
暗黙の了解として、芥川賞の候補作が選ばれる文芸5誌(文學界、新潮、すばる、群像、文藝)は純文学誌と呼ばれますが、必ずしもその基軸ははっきりしていません。一昔前なら中間小説に分類されるような〝売れる作家〟を使いながら、これはもー絶対売れませんねといふ純文学系の作品を掲載していることが多いです。そういった偏りやムリが、小説すばるにはぜんぜんないのですね。
それは雑誌のページ数にも表れているだろうなぁ。純文学5誌はどれも薄いです。選りすぐった作品が掲載されているから薄くていいといふわけでもなひ。編集部主導の、どーでもいい特集がけっこうなページ数を食っていたりする。小説誌なんだからもっと小説作品を載せればいいのにねぇと石川など考えてしまひます。まあ雑誌のページ数が薄いのは、端的に言って雑誌があまり売れていないからです。
内容と経済のバランスで苦しんでいるのはどの文芸誌も同じです。特に純文学といった〝制度〟に強く縛られている雑誌の苦しみは深いと思います。またそれはメディアだけの問題ではない。作家はマジで、まがりなりにも作家として生きていきたいなら、経済を考えなければならない時代になっています。現代の作家の勲章は、まず一定部数本が売れることだと思います。その意味でも小説すばるさんの編集方針は見習う点が多いですぅ。
■ 長岡しおり 大衆文芸誌時評『No.111 小説すばる 2017年8月号』 ■
■ 第05回 金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項 ■
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