山田隆道さんの連載小説『家を看取る日』(第18回)をアップしましたぁ。『家を看取る日』は連続テレビドラマのように、毎回事件が起こるといふ形式を取っていますが、今回は大事件です。主人公新一のお母さんが亡くなってしまったのです。
「アホやわ、ほんまアホやわ……」
無意識に漏らしていた。後悔の念も大股歩きで襲ってくる。
僕はいったいなにをやっていたのか。幼いころ、まだ一人では生きていけなかった僕を育ててくれた母が、今度はそんな母が一人では生きていけない状態になったというのに、僕は見捨ててしまったのだ。その昔、母が僕にしてくれたようなことを、僕は母にしてやれなかったのだ。僕の人生の始まりに最初から付き添ってくれた母の、そんな母の人生の終わりに僕は付き添わなかったのだ。
「ごめん……。お母さん、ごめん……。ほんまにごめん……」
母の遺体に向かって何度も何度も繰り返した。
苦しみの涙は、たぶん悲しみの涙よりも重く、冷たいものなのだろう。頭の中は不思議と冷静で、決して取り乱すようなことはなかったけど、だからこそ余計に気持ちの区切りがつかなかった。いつまでも病室を出られなかった。
(山田隆道『家を看取る日』)
老人介護は高齢化社会では大きな問題になっています。核家族化が進んでいるので老老介護になりやすく、介護する側の負担が大きくなってしまうからです。そのため国も様々な施策を実行しています。専門のヘルパーや介護施設に老人を預けるのが徐々に一般化しているわけですが、それは一部で老人の面倒をもう家族で看なくていいといふ風潮も生んでいるようです。
主人公新一の『幼いころ、まだ一人では生きていけなかった僕を育ててくれた母が、今度はそんな母が一人では生きていけない状態になったというのに、僕は見捨ててしまったのだ』といふ独白は、真っ当過ぎるくらい真っ当です。もちろん新一は、父親と衝突して家を出てしまい、母親の介護を充分にできなかった。しかし彼には両親の介護をしよう、しなければならないという思いがありました。そう心から思える人間は、現代では少なくなり始めているでしょうね。
『家を看取る日』は実家を受け継ごうと決心した青年が、様々な現実問題に直面する物語ですが、そこにはイマドキ奇特な青年という意味と、人間本来あるべき姿という二つの面が重ね合わされています。新一は古風で時代遅れかもしれませんが、極めて真っ当な倫理的使命感の持ち主でもあります。彼が戦っている相手には父親や実家だけでなく、現代そのものも含まれるのかもしれません。
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■ 山田隆道 連載小説 『家を看取る日』(第18回) テキスト版 ■
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