ラモーナ・ツァラヌさんの連載エセー『交差する物語』『No.003 ブカレストという時間の渦(中)』をアップしましたぁ。今回は、〝大都会ブカレストに行くの巻〟でありまふが、ラモーナさんはブカレストで65歳の女性のアパートに間借りして、彼女から革命以前のブカレストについて話を聞いた思い出を書いておられます。『ある時から、Pさんの話し方が気になり始めた。日常会話を通常の声より大きく話す一方、時々は声をとても小さくして私に話していたのだった。・・・私を一番戸惑わせたのは、電話で話す時は、記号のような言葉を使うことだった。・・・電話の話が誰かに聴かれてしまう可能性があったらしい。「誰ですか、その者は?」と聞くと、Pさんは私の頭を撫でながら、「あなたは子どもだから、分からなくていい」というようなことを言って、話題を変えた』と書いておられます。
Pさんという女性は、チャウシェスク政権が設置していた「セクリタテア」という秘密警察の存在を気にしていたわけです。もちろん革命後は消滅してしまったのですが、1947年から89年まで続いた共産主義独裁政権の影響は、その時代を知る人たちの精神からなかなか消えなかったようです。ラモーナさんは、『ルーマニア人の場合、世代間にはただのジェネレーションギャップがあるのではない。過去の影響がどの程度に現在に及ぶかは人によって違うだろうが、80年頃以降生まれの人とそれ以前に生まれた人は、それぞれ違う現実を目にしてきたのである』と書いておられます。日本でも戦前に特高警察があり、狂信的軍国主義(全体主義)の嵐が吹き荒れたわけですが、ルーマニアの独裁政権の圧迫は、日本とはまた違った特徴を持っていたようです。
ルーマニア文学というと、すぐにイヨネスコ、シオラン、エリアーデが思い浮かびますが、その世界観は独特です。今回のラモーナさんのコンテンツには、スタヴロポレオス教会の写真が掲載されていますがルーマニア正教会です。この教会、けっこう奇妙であります。ロシア教会っぽいんですが、イコンの配置なんかはやっぱ東ローマ的です。でも柱はギリシャ建築っぽい。そんで過剰なんじゃないかってくらい、装飾で埋めつくされています。この装飾模様がまたちょっとイスラームっぽい。一つ一つのパーツは繊細で素晴らしいんですが、全体としてみると、なにか圧迫されるような感じです。濃厚なアニミズム的雰囲気を漂わせています。そういう気配って、イヨネスコらのルーマニア文学にも確かにありますよねぇ。
ヨーロッパは言うまでもなくフランス・ドイツの両大国が地勢学的な中心です。乱暴な言い方ですが、ナポレオン戦争、第一次、二次大戦など、大きな戦争はこの両国が発端で起こっています。フランス・ドイツがヨーロッパ大陸での覇権を目指し、国力は高かったけどヨーロッパ大陸不介入主義を取ったイギリスが、どんどん海外植民地を増やしていった。ただ金魚屋でインタビューさせていただいた鶴岡真弓先生のケルト学を始め、最近になって東欧を含むヨーロッパの多様性に強い注目が集まっています。ラモーナさんの連載は、僕たちにヨーロッパ文化の奥深さを見せてくれそうです。
■ ラモーナ・ツァラヌ 連載エセー 『交差する物語』『No.003 ブカレストという時間の渦(中)』 ■