前野裕(ひろし)さんの『演劇金魚』『No.006 『ウィキッド』(劇団四季)/『白い夜の宴』(劇団民藝)/『永遠の一瞬』(新国立劇場)』をアップしましたぁ。ラインナップをご覧になればおわかりのやうに、前野さんはいわゆる大衆演劇を取り上げておられます。大衆演劇の定義は議論のあるところですが、純粋に楽しめる舞台や、大衆の心に訴えかける内容を持つ演劇といふことになると思います。演劇ジャンルには大衆演劇のほかに、内容・表現形式ともに従来の型を破ろうとする前衛演劇(いわゆるアングラ演劇)、それにお能や歌舞伎といった伝統演劇があります。
演劇は人類最古の芸術です。音楽と踊りが物語と結びついて演劇になっていった。初めは祭祀の際に上演されていたのが、次第に人々を楽しませる目的で演じられるようになりました。劇団四季のミュージカル『ウィキッド』などは、人間の〝楽しいっ!〟といふ感情を揺さぶるやうな舞台でしょうね。もちろん善悪や教訓など、いろんな物語要素が詰め込まれているわけですが、四季の舞台をご覧になった方はおわかりのように、とにかく華やかで楽しいのです。
人々を強く引きつける演劇は、次第に様々な方向に発展していきます。楽しいだけでなく、観客に社会的なメッセージを伝えようとする演劇もその一つです。劇団民藝の『白い夜の宴』はそのようなタイプの舞台でしょうね。この作品は社会劇で、60年安保直後の日本が舞台です。太平洋戦争終結に奔走した元官僚の祖父、戦前の転向左翼で実業家の父、戦後の左翼だが父の会社に入社して有能な社員となっている息子の物語だと言えば、ある雰囲気が濃厚に立ち上がってくると思います。
このような舞台は、内容はもちろん今なぜそれを上演するのかという点も含めて、大衆に対するメッセージを発しています。前野さんが『いまや時代は一回転して「闘争」の時代になっているのではないかと感じられる。毎週金曜日に行われている首相官邸へのデモ・・・など、暢気だった時代は終息し、熱い時代を迎えていると思われる。そのなかで、この作品の再演は実にタイムリーという気がした』と書いておられるとおりです。
前野さんが最後に取り上げておられるドナルド・マーグリーズ脚本、宮田慶子さん演出の『永遠の一瞬』は、エンターテイメントとメッセージ演劇の中間に位置する作品でしょうね。戦場写真家サラの結婚と離婚の物語であり、社会問題と家庭問題の両方が主題です。社会的メッセージと、世話物的人情を両方表現できる舞台であるわけです。
前衛演劇は最先端の現代的問題を扱いますが、時間が経たないとその現代性が、はっきりとはわからないことがしばしばです。しかし大衆演劇は現代にピッタリ沿っています。今回前野さんが取り上げた演劇は、ここ三ヶ月ほどの間に上演された大衆演劇です。前野さんの劇評をお読みになると、今現在の日本で何が起こっているのかが朧に見えてくると思います。
■ 前野裕(ひろし) 『演劇金魚』『No.006 『ウィキッド』(劇団四季)/『白い夜の宴』(劇団民藝)/『永遠の一瞬』(新国立劇場)』 ■