■タイトル■
シアターコクーン・オンレパートリー2013+阿佐ヶ谷スパイダース
あかいくらやみ ~天狗党幻譚~
■公演データ■
作・演出:長塚圭史
原作:山田風太郎『魔群の通過』
出演:小栗旬、小日向文世、白石加代子、原田夏希、小松和重、古舘寛治、横田栄司、福田転球、武田浩二、駒木根隆介、斉藤直樹、六本木康弘、木下あかり、後藤海春、後田真欧、中山祐一朗、伊達暁、長塚圭史、中村まこと、大鷹明良、小野武彦
■上演日程■
(東京)5/5~26 Bunkamuraシアターコクーン
(大阪)5/30~6/2 森ノ宮ピロティホール
なんの前触れもなくいきなり真っ暗になった客席。戦闘機の音、玉音放送…時代の移り変わりを感じさせる音が響く暗闇の中、浮かび上がってきたのは二匹の天狗。落とし穴に落ちたような、と言っても、実際落とし穴に落ちた経験はないのだけれど、一瞬にして別の世界に迷い込んでしまったような、自分がどこにいるのかわからなくなる感覚に陥るところから芝居がはじまった。
建物などを模した具体的なセットがあるわけでもなく、時代も場所も次々と変わっていくし、出てくる人たちは突然現れて台詞を話しはじめたりする上に、そもそも生きているのか死んでいるのかもわからない。複数の役を演じる役者も何人かいて、しかも題材となっているのはこれまであまり光を当てられることのなかった水戸の天狗党の歴史。ただ単純にストーリーのことだけを考えたら、すごくわかりづらい話ではあった。観ながら必死に物語に追いつこうと頭の中を整理するのだけれど、もはや追いつかない。ただ頭で理解することを諦め、わからないものはわからないまま受け止めてしまえと気持ちを切り替えたところから、物語の中心となる大一郎(小栗旬)と一緒に歴史の中を彷徨っているような気になってきた。それで良かったのだと思う
大一郎は古い旅館の中で恋人である奈生子(原田夏希)とはぐれ、奈生子を探す間に天狗党の行軍の中に紛れ込み、奈生子の幻影を追い、天狗党の歴史を追い、天狗党の残党による復讐集団さいみ党にまでたどり着く。天狗たちに誘われて闇の中を進むことになるのが、なぜ大一郎だったのか、なぜ奈生子だったのか…それが最後の30分ほどでたたみ掛けるように明らかになっていく展開に、血が沸き立った。憎しみに満ち、赤黒くべったりとした血で染まった歴史の隙間から、進むべき未来が見える。復讐のため殺すのでなく、許して生きる道を行く。どんな暗闇の中にいても紡がれていく命があるのだと、どん!と突きつけられて、今まで理解できずにモヤモヤしていた部分に真っ直ぐ一本筋が通った。過去と現在と未来が繋がったような…ここに辿り着くために歴史の暗闇の中を彷徨ったんだと納得する。
ラスト、生まれてきた子供の顔をしっかりと見るために、眼鏡を買いに行こうと奈生子に告げる大一郎。彼はふと足をとめ、誰もいない後ろを振り返る。その視線の先には大一郎へと命を繋いだ今は亡き全ての人の魂があるのを感じた。それは大一郎だけではなく、誰にとっても同じこと…劇場という空間は見えないものを感じさせてくれる場所だ。
劇作家長塚圭史の覚悟をひしひしと感じた舞台でもあった。白石加代子演じるおゆんは大一郎たちを天狗党の歴史の中に連れ込むような役割を果たす人物である。長く生き、聖も邪も両方を内包しているような、少し人外な雰囲気すら漂わせているのがおゆんなのだが、彼女は「じゃあね、野口。あんた、せいぜいしっかり書くんだよ。」という台詞を残して闇の中に消えていく。野口というのは劇中で長塚が演じている役なのだが、この台詞を言葉に魔力すら込められそうな女優・白石加代子に言わせるあたりがズルい。闇に光を当てていく演劇という行為をこれからも永く続けていく長塚の覚悟が、おゆんから野口への言葉に込められていたのではないだろうか。
天狗党幻譚とタイトルにもあるように、本当に幻の中に入り込んでいくような舞台である。大体の舞台は徐々に客電が暗くなって、そこから物語がはじまるのだけれど、この舞台の場合は冒頭でも書いた通り、いきなり客電が落ち、いきなり真っ暗になる。それが落とし穴に落とされたようで、観る人を半強制的に摩訶不思議な世界に迷い込ませる力を持っていたのだが、だからこそ、その世界から現実に戻るのは大変だと思った。いきなり物語の中に落とされたのだから、終演したらいきなり元に戻して欲しい。そのためには一気に客電を明るくしてくれないだろうか?戻ってくるにはそれしかない…。と思っていたら、その希望通り客電がいきなりついたのには感動した。観る側の感覚と作り手側の感覚とが狂いなく一致した気がして嬉しい。ぼんやりと明るくなっていったら、ぼんやりと今まで観ていた幻の中で迷ったままだったかもしれない。
こうして明かりによっても、より明確に幻想と現実の間に線が引かれた。その落差が大きすぎて、これまで観てきた天狗の世界は幻だったのだろうか?そんな気持ちも湧き上がってきたけれど、滾った血の熱さは確かに胸の中に残っている。遠い昔から自分自身にまで繋がってきた命、そして自分もまた未来に命を繋いでいく一人であるのだという力強い思いを胸に、大一郎と奈生子になったような気持ちで劇場を後にした。またそんな観客たちをずっと二匹の天狗は見つめ続けているのだと思う。
岩見那津子
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■