■公演データ■
脚本・作詞 アラン・ジェイ・ラーナー
音楽 フレデリック・ロウ
翻訳・訳詞・演出 G2
出演 霧矢大夢・真飛聖(Wキャスト)寺脇康文 田山涼成 松尾貴史 江波杏子 寿ひずる 平方元基 他
■上演日程■
(東京)5/5〜28 日生劇場
(金沢)6/7 金沢歌劇座
(福岡)6/11、12 キャナルシティ劇場
(名古屋)6/15、16 愛知県芸術劇場 大ホール
(大阪)6/21〜23 オリックス劇場
ソファーに座り、帽子を照れくさそうに目深にかぶったヒギンズ教授に、一歩一歩近付いていくイライザ・・・『ああこれでヒギンズ教授がイライザを抱き締めて終わるのかな?』とラブストーリーの王道結末を思い浮かべて満たされかけていたのだが、実際のところ二人は抱き合うでもなく、まだお互い2mは離れたところにいるにも関わらず幕が完全に降りきってしまった。「え?ここで終わり?あと30秒だけでも幕を降ろすのを遅らせて!せめて手を握り合うぐらいはないの!?」と若干のもどかしさを感じた、ミュージカル『マイ・フェア・レディ』。家に帰ったあと、思わず映画版の映像をYouTubeで探した。
なるほど、このミュージカル版の結末は映画とまったく同じ。映画もオードリー・ヘップバーン演じるイライザが家に戻り、ヒギンズ教授に歩み寄っていくところで終わる。この映画の終わり方には、なんともいえない甘い余韻があったし、洒落た雰囲気も感じられた。もちろんミュージカル版にも同じような甘さや洒落っ気はある。ただ一つの場面がフレームに納まってその中に役者の思いが凝縮されていく映画と、プロセニアムアーチを境に世界が区切られ、客席に向けて演者の思いが拡散されていく舞台とでは同じ演出であったとしても、伝わり方に差が出るのだということを、映画と舞台、両方を見比べてみて改めて実感した。やはり、舞台で観ると少し物足りなさが残る気がする。「この幕切れの余韻こそが作品の良さなのだ」という作り手の声が聞こえてくるような気もするけれど、舞台ならではのロマンチックさも欲しかったような・・・なんだかとにかく気になる終わり方だった。
などと、言いつつも「踊り明かそう(I Could Have Danced All Night)」をはじめとする王道楽曲に彩られたミュージカルらしいミュージカルに心は弾む。一人の花売り娘が、きちんとした言葉遣いや礼儀を身に付け、美しい貴婦人へと成長を遂げる・・・これからはじまるシンデレラストーリーの導入となるオーバチュアがとても可愛らしくて、まずそこでストンと『マイ・フェア・レディ』の世界に入り込めた気がする。
薄暗い中で踊る花売り娘。その娘が屋敷の門をくぐり、階段を駆け上る。屋敷の外から中へと次々と転換していく舞台美術も見応えあり。最後は、新しい人生への期待に胸を膨らませた娘がくるっと振り向いて、スカートをなびかせながら軽やかに階段を降りてくる。そんなオーバチュアから物語ははじまった。
ヒロインのイライザは元宝塚の男役トップスターだった霧矢大夢と真飛聖が役替りで演じている。イライザに言葉遣いやマナーを教えるヒギンズ教授役には寺脇康文という配役である。霧矢のイライザは頭の回転の早さや、意地の張り方がどことなくヒギンズ教授のそれと似ているような気がした。身分は違っても、本質的に共通点がある二人といった風で、意地を張っているからこそ、時折ぽろっと見せる本心がより切なく、愛おしく見える。一方、真飛のイライザは天然のチャーミングさに溢れていた。冒頭で花を売る姿は元気いっぱいでなおかつ強気だし、しっかりしていそうにも見えるのだけれど、放っておけない可愛らしさがある感じ。そんな色の違う二人のイライザを相手に寺脇も、ユーモアをまじえて粋に、ヒギンズ教授を演じきる。表情や台詞の端々のちょっとした皮肉っぽさから英国紳士の雰囲気を醸し出している。霧矢、真飛、どちらと並んでも見栄えがする上手いキャスティングだと思う。
楽曲や演技以外に、見た目にも工夫が凝らされた作品である。主要キャストのイライザやヒギンズ教授の服装はもちろんなのだが、アンサンブルキャストを含め、それぞれの衣装を見ているだけでも楽しい。競馬場のシーンのアンサンブルはモノトーンのドレスやタキシード、ポスターにもなっているイライザの白と黒のストライプを基調としたマーメイドドレスも、彼女の見違えるほどの成長を印象付ける華やかなアイテムである。ちょっと地味な部類の衣装かもしれないが、言葉の特訓中のイライザが着ている緑のワンピースの腰の辺りにスミレの花が飾られているのも良い。さっぱりとした可愛らしさがとてもイライザらしかった。
自分を新しい世界へと導いてくれたヒギンズ教授に、ふっと恋心を抱くイライザ。でも、彼が根気良く言葉の特訓に付き合ってくれていたのは、自分のためではなく、彼自身の研究の成果を知らしめるためだった・・・?美しい言葉遣いを身につけることで、元から持っていた凛とした心を表現できるようになったイライザだが、そのときから彼女に芽生える憤り、そしてその憤り以上の悲しみが、なんともいえず切ない。イライザの気持ちを理解しきれず、素直にもなれないヒギンズ教授の不器用さをじれったく思ったりと、気がつくと劇中の愛おしいキャラクターたちの一挙手一投足から目が離せなくなっていた。みんなに幸せになってもらいたいという思いがこみ上げてくる作品で、もどかしくはあるけれど、その望みが叶う結末も嬉しい。「あと30秒だけでも幕を降ろすのを遅らせて!」と思ったのは、イライザとヒギンズ教授の姿を少しでも長く観ていたかったからかもしれない。あのあと、二人はどんな生活を送っているのだろうか・・・つい想像を巡らせてしまうようなハッピーなミュージカルだった。
岩見那津子
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■