ラモーナ・ツァラヌさんの連載エセー『交差する物語』『No.026 教会と反抗期』をアップしましたぁ。ラモーナさんの精神的バックグラウンドであるキリスト教(正教)について書いておられます。正教は東方正教会と呼ばれることもあり、ロシアや東ヨーロッパで盛んです。日本では東京神田の東京復活大聖堂(ニコライ堂)が正教会の代表です。ロシア人のニコライ・カサートキン大主教が建てた教会で、鶴山裕司さんが以前『ニコライ・カサートキン大主教からいただいたロシア・イコン』というエセーを書いておられます。ラモーナさんはクリスマス後の日曜日にニコライ堂に行かれたようです。

 

ラモーナさんは、『その雰囲気だけではなく、ここで日本語と英語で聴ける福音の言葉、そして聖堂の内壁を飾る聖人たちのイコンが生み出す空間は懐かしい感じがした。(中略)この懐かしい気持ちの波は、正直に言えば、予想外だった』と書いておられます。その一方で、『ある時から教会に対してちょっとした反抗期にいるのだ。(中略)元々は素直に受け入れていた存在に対して一時期的に逆らうことを示しているこの言葉は、決して縁を切るという意味ではない。幼児の頃まで遡る長い付き合いで、よほど親しく感じる存在でなければ、「反抗」ということはあり得ない』とも書いておられます。

 

信仰心と実際の宗教団体(の現実施策)の間に乖離があるのはどの文化共同体でも見られることです。ただほとんど民族や文化共同体のDNAのようにしてある宗教観は日に蔭に人間に強い影響を与えるでしょうね。ラモーナさんは『久しぶりに教会に行って、少しだけ実家に帰ったような気分になった。特に用事がなくても行ってもいい場所、気を遣う必要がない場所、何も恐れずに少し休める場所のように感じた。どんなに意地を張っても、自分を咎めず迎えてくれる親のような存在があそこにいる気もした。今日は家に体を休めに来たが、明日はまた自分の道を進んで行くだろうと、わざわざ説明しなくても分かってくれる存在だ』と書いておられます。

 

 

ラモーナ・ツァラヌ 連載エセー 『交差する物語』『No.026 教会と反抗期』 ■