岡野隆さんの詩誌時評『No.023 月刊俳句界 2015年01月号』をアップしましたぁ。俳壇はかな~り特殊な世界でありまふ。われわれ一般読者は俳句といふと芭蕉、蕪村、子規、それにせいぜい一茶などを思い浮かべるのが常です。概して清貧に生き、俳句文学に全勢力を捧げた立派な文学者たちです。しっかし現実の俳壇はちょいと違ふ。外から見ると異様な世界なのですが、一番の問題は、プロと呼ばれる俳人さんたちが、自分たちが属する世界の異様さにまったくと言っていいほど無自覚であることでせうね。

 

 俳人たちはノンプロやプロに近づけば近づくほど、自分たちがいかに異様に閉じた文学社会に生きているのかについて鈍感になる。ほとんど融通のない閉じた結社群が、飽くことのない権力争いを繰り広げているのは俳壇だけである。・・・歌壇は俳壇に比べればずっと風通しが良い。自由詩の世界は・・・壇としての体裁を失いつつある。それは悪いことばかりではない。原理的な意味での何でもアリの自由(詩)に戻りつつあるわけだ。現在の俳壇は異常なセクショナリズムに染まりきっているが、江戸俳壇が現代の俳壇ほど息苦しいものでなかったことは当時の資料を読めばすぐわかる。・・・水原秋櫻子の「ホトトギス」離反に対抗するための虚子の露骨な俳壇政治が、ほとんど頑迷と言ってよい現代俳句結社の基盤になっている。そのくらいの俳壇史はそろそろ認めた方がよい。

 

岡野さんの批評は相変わらず手厳しいですが、この程度の批評ではビクともしないのが現在の俳壇システムでせうね。ただま、そろそろ変革の時期だと思います。俳句だけでなく、外の広い文学界を見渡せる才能を持った俳人がそれを為すんでせうね。俳句が大衆の俳句欲望に支えられているのは事実です。それを『そういうもんよね~』と受け入れ受け流しながら、違う次元で文学としての俳句を探求する作家がたくさん現れれば、自ずと俳句界も変わってゆくのではなひかと思ひますですぅ。

 

 

岡野隆 詩誌時評 『No.023 月刊俳句界 2015年01月号』 ■