小説幻冬様はビジュアル重視よね。今号の巻頭は「高杉真宙の漫画愛」でござーますわ。若くて綺麗な男の子はいいわねぇ。キレイな女の子ももちろん素敵ですけど。
文芸誌にも基本的な構成はございまして、たいていの雑誌が巻頭カラーページを設けておられます。その内容は様々。作家様が登場なさる雑誌もありますし、写真や絵と文章をコラボして、今をときめく作家の作品を掲載している雑誌もござーますわ。でも芸能人を全面に押し出す雑誌は小説幻冬様が代表的ね。終刊してしまいましたけど、これはGINGERやpapyrusの頃から同じです。
ただアテクシは古いタイプのオバサンですから、いまいち女の子のようにキレイな男の子には燃えないのよねぇ。アテクシ、男の子の魅力はuglyだと思いますわ。汚いというか、粗暴というか。そのあたり、ちょっと表現しにくいんですが、キレイな女の子とは反対側にいる動物的存在ね。ただま、アメリカ人みたいにマッチョに燃えたりはしないわね。
もう古典ドラマですけど、ショーケン様の『傷だらけの天使』ってあったでしょう。あれにはまったのよねぇ。子どもでしたけど。ショーケン様がお亡くなりになってコンテンツで配信されたので再視聴しましたけど、やっぱり魅力的だわぁ。ああいう醜さの美学って、いまじゃ嫌われるのかしらね。
最終回だったかその前だったかで、ショーケン様と深い関わりのある組織が日本から撤退することになったのね。ショーケン様にとっては失業の危機よ。ほんでショーケン様のボスの、岸田今日子さんの元で働いていたホーン・ユキさんも失業しちゃうわけ。ホーン・ユキさん、おっぱいの大きな女優さんとして当時は有名でござーました。
その回で、新宿の地下道でショーケン様とホーン・ユキさんが会って話すシーンがありますの。
「これからどうすんの?」
「田舎に帰って婚約者と結婚するわ。こういう時、女の子は楽よね」
といったちょっと切ない会話を交わします。ショーケン様、当然のことですが、それまではホーン・ユキさんのことも口説こうとしていらしたのよ。でも田舎に帰って結婚すると聞いて、
「そうかぁ。これ、お祝い」
ポケットからしわくちゃの千円札何枚かを出してホーン・ユキさんに差し出すの。「いいわよ、そんなの」と受けとってもらえないんですが、この粗雑さ、素直さ、男の子だわぁってキュンときちゃう。『傷だらけの天使』の水谷豊様も素敵でしたけど、水谷様の地は『相棒』の杉下右京に近いようです。でもショーケン様のやんちゃさは『傷だらけの天使』にピタリと合うわ。
もちショーケン様は美男子でいらっしゃいますけど、そこで勝負しないで美形を歪ませるところがいいのよ。今の俳優さんだと鈴木亮平さんとか長瀬智也さん、窪塚洋介さんとかにその匂いがあるかしらね。でもま、大勢は韓流俳優さんたちに代表されるキレイな男優さんたちの人気沸騰中ですわね。
「何か飲む?」
向いに座っていた兄の孝司が、切れ長の目で結香を見た。ぼくより八歳上の大学四年生だ。
うつむいたまま、結花が首を振った。後で案内するけど、と自分の椅子に座った母が反対側の廊下に顎の先を向けた。
「結花の部屋は用意してあるから、心配しないで。十六歳だし、孝司も晃も男の子だし、何かあったら麗美さんに怒られちゃう。安心して――」
おばさん、と結花が顔を上げた。
「何度も言ってます。あたしは結花じゃありません。結花は妹で、あたしはリカです。リカって呼んでください」
はいはい、と母が面倒臭そうにため息をついた。
五十嵐貴久「リセット」
今号から五十嵐貴久先生の「リセット」が連載開始でござーます。五十嵐先生は『リカ』や『交渉人』『パパとムスメの7日間』などで知られる売れっ子作家様でございます。「リセット」というお作品も、とっても手慣れた始まり方ですわ。
主人公は高校一年生の晃。母親は奈緒美ですが、十九歳年上の俊幸とその連れ子の孝司と再婚しています。奈緒美はママやお母さんと呼ばれるとオバサンになった気がすると言って、息子たちに「奈緒美ちゃん」と呼ばせています。俊幸はエリート銀行マンです。が、息子の孝司は、まあ三流校の大学に在籍中で留年しています。バンド活動などに夢中です。俊幸と実の息子の折り合いはいまひとつで、むしろ連れ子の晃(僕)との方が仲がいいくらいです。現代では珍しくなくなりましたが、僕の家庭環境はそれなりに複雑です。
そんな僕の家に雨宮結花という、僕と同学年ですが、一歳年上の女の子が同居することになります。一年留年している理由は「頭の中におできができて、一年ほど自宅療養していた」からだとあります。そしてまた結花との血縁関係が複雑なんですね。
母には兄と弟がいますが、弟の武士は腹違いです。武士は医者になりましたが、婿養子という形で雨宮麗美と結婚しました。その子供が二卵性双子の梨花(リカ、姉)と結花(妹)です。しかし武士は交通事故で亡くなってしまい、ショックを受けた麗美は姉のリカを連れて宇宙真理教という新興宗教団体に入信して出家してしまったのです。家に一人取り残された結花を母の奈緒美が引き取ることにしたのでした。
ただそこには善意だけとは言えない理由があるようです。武士と麗美は東京広尾の一軒家に住んでいますが、武士の死後、宇宙真理教(いったん解散してメシアの輪という宗教団体になって復活した)に入信すると、自宅を担保にして3千万円を寄付しました。自宅の時価評価は約1億です。銀行は当然返済を求めますが、宗教団体が絡んでいるので慎重です。しかも麗美とリカ(姉)は出家後行方不明。そこで母の奈緒美は結花を養女にして、自分が後見人になって広尾の家を売ることはできないかと考えたのです。ちょっときな臭い話ですね。
そして影の主人公である結花。この子は「あたしは結花じゃありません。結花は妹で、あたしはリカです。リカって呼んでください」と言います。僕の平和な日常を掻き回す女の子であるのは間違いありません。
「こんなこと言われたら、不愉快だろうけど・・・・・・でも、臭ったの。排水口みたいな、すごく嫌な臭い・・・・・・」
萌香はきれい好きで、汚れや臭いに敏感だ。体育の時間の後、男子は汗くさいと言って教室に入るのを嫌がったこともあった。
目を逸らした萌香が、小さなため息をついた。
「汗とか体臭じゃない。もっと異質な臭いよ。中二の時、社会見学で築地市場に行ったのは覚えてる? 肉や魚、野菜の腐った臭いが充満している場所があった。あんな感じの悪臭がしたの。でも、不思議なのはあの子が座るとすぐに臭いが消えたこと・・・・・・晃は家で一緒にいるんだよね? あの子の臭いに気づかなかった?」
同
主人公の僕は「頭がよくて、ぼくなんかよりよっぽど大人」で美人の萌香と付き合っています。結花が登校した初日、萌香は結花が傍を通った時に「異質な臭い」がしたと言います。お作品の冒頭にシェイクスピア『ハムレット』の「悪魔は人の喜ぶ姿に変身する」がエピグラフとして掲げられていますから、結花が悪魔的な何かを秘めた女の子である可能性がありますね。悪魔は臭いますから。ただ単純なホラーになるかどうかはわかりませんわ。そう展開するには伏線が複雑過ぎますもの。
連載第1回目で30枚ほどですが、伏線がいやというほど張り巡らされています。母親はいつまでも若くいたい、義父はエリートで良き父親、僕は品行方正な優等生で美人で頭のいい彼女がいる。ある意味キレイな上澄みのような日常の中に異臭が漂うわけです。この異臭の元は言うまでもなく結花(自称リカ)という美少女です。現代的な闇はわかりやすい醜さ、汚さではなく、清潔で美しい日常の中で表現する方が効果的ということでもありますわね。掴みは万全の上手いスタートのさせ方です。
佐藤知恵子
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