一.バービーボーイズ
元々行き当たりばったりで店に入ることは少ない。イッパシに暴飲を控えてからは尚のこと。開店時間と酎ハイの値段くらいは事前にチェックする。合理的かつ計画的。明るい飲酒計画。でもねえ、やっぱり行き当たりばったりにはロマンがある。博打だから仕方ない。各店、ほぼ唯一の共通点は「入る前から良さげ」なところ。完璧にルックス重視、ジャケ買いと変わらない。当たると案外嬉しいし、ハズレたら滅法腹が立つ。一人で呑むから、より顕著。結局、年に数回はそんなロマンに賭けているが、大抵数軒寄った後なので記憶が曖昧。店の名前を失念することも、まあそれなりに、ハイ。
自由が丘の居酒屋「A」も、初回の記憶は虫食いが酷く、二度目は場所を頼りに訪れた。再訪の理由は至極簡単。店員さんの感じの良さと、程良い雑然さは虫に食われず覚えていた。ラッキー。当日は初めてみたいな顔でカウンターの端っこに。座ってすぐ、虫に食われた記憶が蘇る。此方は面積の割に席数が多かった。そして土地柄か客のタイプも様々。つまり目的や楽しみ方が多面体。面が多ければ多いほど、段々と球体に近づいていく。そういえば尖ってる店って、似たような客が集いがち。再訪したからこそ確認できた、絶妙な席の配置と客種の豊富さ。きっとこれが居心地の良さの隠し味。一本100円の串焼を肴に、次の行先を考えながら呑む。
ランドセルの頃、バービーボーイズは魅力的だった。自主制作盤専門店で怪しげなソノシートを物色しつつ、「ベストテン」、「トップテン」、「夜ヒット」辺りの歌番組はチェックして、中高生に人気の武道館を埋めるようなバンドを密かに疑っていた時期、拙い耳ではロックともポップとも判別しかねる彼、彼女らの楽曲は、ジャンル分けに困る物件だった。今ならその理由が分かる。男女デュエットに、ソプラノサックスに、粋な歌詞。それ以外にも空間的なギター、ひねくれたコード感等々、クセの強い要素が詰まっている。即ち多面体。ロックかポップか、なんて粗い分け方で間に合う訳がない。三枚目『3rd BREAK』(’86)までのアルバムは未だによく聴く。何度かの再結成の度に思うのは、当時こんなに人気あったっけ? ということ。個人的に再結成で期待値をオーバーしたバンドは、ポリスとバービーくらい。
【なんだったんだ? 7DAYS / バービーボーイズ】
二.パティ・スミス
「入る前から良さげ」な店よりも勝率が高いのは、呑む前から次も来たいと思う店。状況的には一杯目が来るまでの話なので、時間的な余裕はない。それでも先走って次の機会を考えてしまうのは、店の雰囲気やメニュー、そして価格帯が魅力的だから。ここ最近だと新中野の立呑み「S」がそうだった。綺麗な店内には、客想いの心配りが散見され、メニューも「丁度良い」アイデアに溢れている。まだ開店間もないのにズラリと並んだキープボトル(!!)が、何よりの証拠。付け加えれば、ボトルセットの価格も良心的だった。痒い所に手が届くというか、あんたも好きねえというか。頼んだ酎ハイ250円が来るまで、次はいつ来ようかなとちゃっかり予定を立てていた。結果は一週間も経たないうちに再訪。やはり勝率、高かった。
初めてのパティ・スミス体験は義務教育中、幸運なことに三枚目『イースター』(’78)だった。ブルース・スプリングスティーンとの共作を含むこのアルバムは、まだ拙い耳にもすんなり馴染み、早く次を聴きたいと思えた。聴きたいのは彼女の魅力的な声で、ポップな楽曲だからこそ、その魅力を聴き逃さなかった、というのが真実。オノ・ヨーコ、ビョークを例に出すまでもなく、魅力的な声の女性には滅法弱い。ちなみに、我が家に一枚だけ貼ってあるポスターが彼女、というのは事実。
90年代から2000年代、年齢的には五十代前半から六十代にかけてコンスタントに発表していたアルバムでも、魅力的なあの声は健在で、そこは素直に嬉しかった。五十代半ばで来日した際のパフォーマンスには感激し、七十代を目前にボブ・ディランの代役としてノーベル賞の授賞式に出席した時には驚いた。年齢を重ねることの凄味をありがとう。
【 Rock N Roll Nigger / Patti Smith 】
三.木村充揮
大井町界隈で呑む際、必ず寄るのが元肉屋の立ち飲み「M」。最近は御時世柄か、はたまた訪れる時間が少々早めだからか、ゆったりと呑めることが多い。やはり肉屋のショーケースの存在感は強く、何度来ても「入る前から良さげ」で「呑む前から次も来たい」と思っている。先日寄った際は時間があまり無いのに、魅力的な構えを素通りすることはできず入店。遂にローストビーフでもササミでもメンチカツでもなく、100円のサラダを肴に慌ただしくレモンサワーを呑んですぐに飛び出した。もはやジャケ買いというより、ジャケットだけを買っている状態。もちろん無問題の大満足。「入る前から良さげ」の最高位と呼びたい。
好みはライヴ盤よりスタジオ録音の方。これ、昔から変わらない。輸入物の安価なオムニバス盤に興味のある曲が入っててラッキー/でもライヴ録音でガッカリ、的な経験はよくあった。ただジャズやブルースで、オリジナルがライヴ盤というパターンをそれなりに経験するうち、それもアリかなと感覚が少々変わってきた。今回ご覧頂きたいのは、憂歌団のヴォーカリスト、木村充揮が馴染みの飲み屋で披露した歌声。やるじゃん、YouTube。とにかく生々しい雰囲気に圧倒される。ここまで来ると、曲名云々的なことは二の次、三の次へと追いやられてしまう。これがブルース、なんて野暮は言わないが、ブルースは「やる」ものではなく「なる」ものさ、とちょっぴり大人ぶってみる。
【宝石箱 / 木村充揮】
寅間心閑
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