一.相対性理論
ここ数年「せんべろ」や「町中華」という言葉を見聞きする機会が増えた。千円でベロベロ、という意味の四文字言葉「せんべろ」だが、なかなかその定義どおりの店には巡り合わない。だからこそ初めてせんべろ認定した店は覚えている。新宿御苑の「海老虎」という天ぷら屋。残念ながらもうない。ワンコインで時間無制限飲み放題(!!)、肴の天ぷらはクーポン券を使ってとてつもなく安くなった。運びのおばちゃんも感じが良く、今こうして振り返りながらも行きたくなる。
最近その四文字を見かけたのは渋谷。大手チェーン店「T」系列の「K」が出来ていた。どうしようかな、と迷っていると視界に入り込んだのはあの四文字。どうやら立ち飲み限定のセットらしい。税抜千円。無問題。地階の店へ入ると小ぢんまりとした立ち飲みスペースへ案内される。渡されたのはカラフルな点棒十本。これを酒や肴と交換する。無論組み合わせは自由。メニューを見ると、一本で酎ハイ。素晴らしい。肴いらずで十杯浴びて帰って寝ちまうか。まずは一本使いましょう。後半戦は、三本で牛すき焼き鍋/二本で熱燗。そんな「味変」も悪くない。組み立て方は人それぞれ。酒一杯に肴九皿もアリ。肴で悩んでいると、広々とした座り席スペースの喧騒が洩れてくる。こんなご時世とはいえ、あれだけ広いと空気がうねる。グルーヴィン。点棒片手に酒呑みながら、早々とせんべろ認定を。
好きなもの/やりたいことが詰まっている、言い方を変えれば「全部吐き出している」という一点において、椎名林檎の『無罪モラトリアム』(‘99)は、最高のデビュー盤。彼女のスタイル(一つ挙げるならば語彙)は広く受け入れられ、引き継がれた。少なくともデビュー盤において、彼女は自分を形成した好きな音楽と、真正面から対峙している――ように見える、否、聴こえる。ただ平凡にならないのは、真摯な愛情を恐れることなく全部、何なら過剰気味にぶつけたからだ。同じように支持を得た存在として、思い浮かぶのは相対性理論。彼女、彼らの音楽、そして自由度の高い(ように見える)活動のスタイルも受け入れられ、引き継がれている。個人的に椎名林檎はギュッと「掴む」イメージで、相対性理論はパッと「散らす」イメージ。やくしまるえつこの歌う言葉を、どう感じるかは人それぞれ。常々思うのは、小さな子どもが大人びた言葉を口にした時の、あの面白さ。無防備でアンバランスなユーモア。でも同じ言葉を、シリアスな真実と享受する人や、リズミカルな単語の無意味な羅列と聞き流す人がいることも理解できる。単に「掴む」と「散らす」の「味変」を延々繰り返したいだけかもしれないけど。
【上海an / 相対性理論】
二.カーダ
ファッションの流行が繰り返されるなら、まだ見ぬサムシングを必死で追い求めなくても大丈夫。今までの流行を、タイミングよくリユースすればいい。そう、一週間着回しコーデの要領で。もちろん音楽にだってその気はある。長らくパターンはひとつだけ。一度流行した音楽に真正面からトライする方法。馴染み深いところではチェッカーズ、シャネルズ等のオールディーズ・リバイバル系。ファッションも同期しているのでコスプレ感もアリ。ただサンプリングという技術の出現で、パターンは増えた。一度流行した音楽を解体/再構築して、全く別種に仕立てる方法。こうなると元ネタは生地。問われるのは縫製の腕前。ここだけの話、しっくり来る人は少ない。そんな中でもお気に入りはノルウェーの音楽家、カーダの『Thank You for Giving Me Your Valuable Time』(‘01)。オールディーズ・ミュージックをコラージュして作り上げた、風変わりな音楽。特筆すべきは生地を丹念にチェックしなくても、オールディーズ由来だと感じ取れる縫製技術。頭と身体で楽しめる究極の「味変」をお試しあれ。
レトロな装いの呑み屋は結構多い。内装・外装だけの簡易なパターンから、BGMや店員の服装、メニューにもその風味を取り入れたりと様々。大きな方向性として、小洒落たいのか/懐かしがらせたいのか、の違いもある。単に長くやっているから古くなった、というスーパーナチュラル系が好みなので、「レトロ風だから」という理由に惹かれることは少ないが、広くて天井が高い店には勝手にレトロ感を見出して楽しんだりしている。先日初めて立ち寄った秋葉原の居酒屋「S」は二階建ての大型店。開店間もなかったので客は少なかったが、夜が深くなり席が埋まりだすと、良い具合にうねりそうな予感。グルーヴィン。90円の中生を呑みながら、一串50円の揚げた鶏皮を頬張る。この価格帯だからこそ、早々に店内も活気付く。このムードをレトロと感じるのは、こんなご時世だからかも。
【 Black California / Kaada 】
三.ウォルター・ベッカー
バンドマンのソロ作品から、所属するバンドの匂いを感じると何故か嬉しい。だからストーンズなら、ミックよりキースのソロが好み……と言うと、「真逆です」と挙手されたことがある。本当、人それぞれ。その点スティーリー・ダンはバランスが絶妙。ドナルド・フェイゲン、ウォルター・ベッカー、どちらのソロもスティーリー・ダンの匂いがする。最近よく聴くのはウォルター・ベッカーの二枚目『サーカス・マネー』(‘08)。音の隙間が本当に美しい。いまだに行間を読むのは苦手だけど、これならどうにか聴き取れる。
ご時世柄、閉めていないかな、と余計な心配をしている店がある。おばあちゃまがレジに立つ百人町のコンビニ角打ち『P』。久々に訪れると肴が激減していた。ラップに包まれた手作りオニギリも、各種揃えていた「うまい棒」もナシ。辛うじて缶ビールはあったが、店内で呑ませてくれるだろうか。恐る恐る尋ねると、笑顔で「どうぞどうぞ」と。隙間だらけの棚を見ながら呑むビールは、いつもより苦い味がしたけど、近いうちにまた来ます。叶うなら「うまい棒」だけでも。
【 Dark Horse Dub / Walter Becker 】
寅間心閑
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